【第091話】陰で役に立つ徳の高い人々

「名乗るほどの者ではございません」

「名乗るほどの者ではございませんの」

立派なことは陰でやる
匿名発言も悪いことばかり
ではないかもしれない

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人によって、「自分の属する集団」の範囲は違います。「自分の家族だけ幸せであればいい」という狭い人もいれば、「地球全体が幸せにならないと」という広い人もいる。時間軸としても、後世の7代先の子孫まで幸せであって欲しいと願う人もいるし、自分たちが生きてる代だけ幸せであれば後は知らないという人もいる。このように範囲は違いますが、「自分ひとりだけ幸せである状態はあり得ない」ということはみんな心の奥ではわかっているのではないでしょうか。

自分を多少の危険にさらしても、他人を助ける。そんな英雄的行動をとることは普通にありえます。それが自分の幸せのためだからです。まわりの人が苦しんでるのに、自分だけ幸せは感じられない。これが人間の本能としてあるんじゃないか。この10年、人助けをする社会起業家が増えてきているのは、現代が豊かになっているせいもあります。けれど大きな要因は、ネットなど情報技術の発達で地球が小さくなっているせいじゃないか。昔よりも隣人の範囲が広くなっているからじゃないかと思うのです。

自分が役に立てる喜びが幸せ感をつくります。たとえば、「Yahoo! 知恵袋」のようなところには、教えたい人が溢れています。暇人ね、と言われてしまったら確かにそうかもしれませんが、他人の役に立つ行為は純粋に楽しいのです。自分の専門外のお題に対してさえ、代わりに調べてあげる人もいます。せっかくいいことしても彼らは匿名なので、自分の名誉や見返りのためにやっていないことがわかります。いうなれば「匿名で寄付をしている状態」。ただひたすら奉仕し徳を積んでいる、かなり高い精神性の持ち主です。

ぼく自身は、雑誌などに匿名記事を書いたことが一度もありません。ネットでさえ匿名で書き込みをしたことがない。それは自分の発言に責任を持つためです。ネットに限らず新聞や雑誌でもすべての人が身分を明かして実名で書くようになったら、もう少し健全な言葉が増えるのではないか。匿名記事などなくなればいいとさえ思っていた時期があります。

ただ、もうひとつの側面として、寄付は匿名でやるからこそだなと。匿名だから徳を積めるということもあるなぁと、これを書いてて思いました。立派なことは陰でやるからいいのです。あれは俺がやったんだ、と言ってしまっては台無しになってしまう。

知恵袋の人も、社会起業家も、善行をしています。本当に精神レベルの高い人は善行であればあるほど匿名になっていくかもしれません。一応、会社になると、登記する際に代表者は名前と身分を明かさないとなりません。だけど、名を明かしてしまったら陰徳にならないということで、明かさない方針の社会起業家もいるかもしれませんね。「助かりました。せめてお礼をさせてください。お名前は?」「いえ、通りすがりの者。名乗るほどの者ではございませぬ」そんな文化が日本にはありましたから。

 

(約1235字)

Photo: Camil Tulcan


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。