【第089話】道具のスペックに熱を上げる人々

「いい装備だからここまで来れた」

「腕の未熟さは、道具の性能でカバーして、ここまで来ました」

作品づくりより
道具自体にはまる人生も楽しい

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カメラと自転車は似ています。はじめは写真が撮りたくて始めたのに、そのうち道具に凝ってしまうことがあります。作品は撮らずに、カメラの新製品が出たら買い、レンズもいろいろ試してみたくなる。いい作品を撮るのが目的で道具のレベルアップを図っていたのが、いつのまにか道具自体が目的になってしまう場合があります。写真が好きなのか、カメラが好きなのか、と聞かれます。自転車も走ることが好きなのか、マシン自体が好きなのか、気づくとわからなくなっている人がいます。

ハマると、どんどんいい機材が欲しくなります。初めたばかりのスキルの未熟さを、マシンの性能で補えるからです。財力で補えるとなると、頑張って投資して補おうとします。20万円もするいいレンズを使うと、一瞬プロ並みと錯覚するような味わいの写真が撮れます。自転車も、タイヤを替えたり、ギアを変えたりすると見違えるように速くなります。それでハマって、あと100グラム車体を軽くしようとしのぎを削ります。お金をかけて車体を100グラム軽くしても、自分が3キロ太ったらぜんぜん意味ないのですが。自分の体を磨かずに、マシンを磨いてしまうことに一生懸命になってしまうことはありますね。財を費やして、マシンを磨く。ある程度、沼にはまり散財してから気づくのです。カメラだったら結局は、腕とセンス。自転車だったら結局は、エンジン(自分の脚力)だと。

道具論、スペック論もたのしいですよね。ものすごく情熱とお金をかけてマシンのスペックを高めているおじさんがいます。で、肝心の作品はというと、これが20万のレンズ100万のカメラかと驚く出来。うちのばあちゃんが安いデジカメで撮ったのとどこが違うのというケースもあります。特にぼくら男子は、道具に必要以上に凝ってしまうところがありますね。小学生の頃ハマったミニ四駆。あれも走らせるより、改造しているときが一番たのしいものでした。道具にはまってしまうのも、趣味であれば幸せです。プロであったら、本末転倒ですが。

物書きの場合はといえば、機材は特にありません。普通の安いパソコンがあれば十分。道具にお金をかけずに始められるという点で、恵まれていると思います。成長してプロになっても、道具のスペックは特に変わりません。キーボードの打ち心地を少し気にする人がいるくらいじゃないでしょうか。物書きは、道具で腕をカバーすることができないので、フェアな競技だと思います。財力にものを言わせることもできません。センスと根気だけが勝負。作文は全員が義務教育で習うので、だれでもできます。

これがバイオリンだと、そうはいきません。最高級のストラディバリウスとか一台で億をゆうに超えますから、普通の家庭の子では持てないです。しかも、小さい頃からいい楽器で練習しないと耳がよくなりません。道具の差、財力の差が出てしまいます。若手奏者にストラディバリウスを貸し出す慈善財団のお手伝いをやったことがありますが、オーディションではみなさん必死でした。それで自分の今後の成長が決まるからです。物書きは、プロもアマも垣根のないだれでも楽しめる競技です。もっとたくさんの人がトライしてみればいいのにと思っています。

 

(約1310字)

Photo: mikep


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。