【第048話】聞こえてた音楽家の価値

「よかった、聞こえない音楽家はいなかったんだ」

「よかった、彼の耳は聞こえるんだ」

もしかして
ソーシャルアート
だったとしたら

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聞こえない音楽家の耳が聞こえていたという話題。人をだまして悪いやつだ、という声が多いようですが、たしかにそれはそう思いますし、正論だと思います。善悪は裁判所が決めればいいので、ぼくは判断しませんが、何事にも面白い要素はあると思います。面白いというのは、ぼくらにとって学べることもあるのでは、ということです。彼は「こういうのが人にウケるんでしょう? 感動してしまうんでしょう?」というのを実際に実践してみせた。つくり物だったからウソつきだ、わるいやつだというだけで終わらせてしまったら、つまらないし、学びがない。

欺いたということで、人を傷つけたとしたら、それはいけなかったと思いますが、アートとは、見た人の視点を変えるものですが、「カワイイはつくれる」みたいに「感動はつくれる」をやってみせた。そうか、つくれるのかと。それを知らしめたことには価値があるのではないか。今までマスメディアにのせられたものを盲目的に信じてしまっていたぼくらに、もしかしたら、世の中にはウソなつくりものがたくさんあって、自分の都合のいいように操作している人がいるのかもしれない、と。「大衆を煽動することなど、簡単だ。だから気をつけろ」とそういうことを、思い出すきっかけを与えた。凝り固まった思考を、ショックを与えたり不愉快なアプローチでほぐしていくのもアートです。

これが、ただの彼自身のお金儲けのためだけにやったことだったとしたら、ちょっとつまらないけど、世間に新しい視点とインパクトを与えて大切なものを気づかせるためのアートだとしたら、これは意味のあるパフォーマンスだったのではないかと思う。

騙しててすみませんでしたと真面目に頭を下げられたら、このやろーと怒る人もいると思うけど、「じゃーん、実は全部ウソでした。どうです、このパフォーマンス」「うわー、だまされた、一本とられたな。いや、途中からあやしいなとは思ってたんだけど」そうやって笑って許し讃えるおおらかさがあったらお客さんも成熟してる。

どっきりカメラは騙された方も笑っています。中にはカンカンに怒る人もいますが、そういう人には謝って、金返せという人には、ごめんなさいとすみやかに返金する。だれかが傷つく可能性があることは、もちろんやらないに限ります。人を傷つけてはいけない。自分の私利私欲のためだけの行動はかっこよくないとも思います。ただ、彼がやったのが反則技だったとしても、もし「世の中には反則するやつもいっぱいいるんだ。気をつけな」と社会に警告するためにやったとしたら、この出来事はソーシャルアートとして成立していると思うのです。

べつに肩を持つわけではありませんが、明日食べるのにも困窮してる人がCD買って騙されたわけではないと思いますので、あまり追い込まないでほしいなとぼくなんかは思うのです。このニュース、よく調べずに話してますので、全然的外れなこと言ってるかもしれません。間違ってたらごめんなさい。ただ、ウソついたら反射的に「悪いやつだ」ではなくて、そのことによってぼくらが学べたことに感謝する視点も持っていたいですね。

ぼくはこの「よかった、病気の子どもはいないんだ」という古典的な話を思い出しました。「よかった、彼の耳は聞こえるんだ」と言ってあげたら、みんなカッコいいと思います。

 

(約1324字)

 Photo:Audrey A

 

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。