【第271話】わかってもらう練習 / 深井次郎エッセイ

深井次郎 文筆家
あなただったらこのボタン、押しますか?「押すだけで一億円あげます。ただし見知らぬ誰かが死ぬ」  たいていの人は、即決できずに迷うのではないでしょうか。だから、映画の「問い」としては面白い。そして主人公は、迷ったあげく押してしまう。
 書く人なら、理解できるまで議論しておきたい
.
.

「わかってくれない。もういい。話すだけ無駄!」

意見を交わすこと、それ自体を避けてしまうことはよくあります。下手に反論して険悪な雰囲気になるよりは、理解したふりをしておいた方が大人かもしれません。

でも、「すぐにコミュニケーションを断念してしまう」人ほど、書き手としてはわかりにくい文章を書きがちです。

書く人にとって必要なのは、読者の頭の中を先回りして想像する力です。ブログや本を書く場合は、たった一人に書く手紙とは違います。不特定多数を相手に書くわけですから、読者は自分と似た文化や思考回路を持つ人だけではありません。「みんな自分と同じだろう」という感覚で書いていると、すれ違いがよく起きます。

特に、若い書き手は、多様な大人と対話してきた経験が少ないので、想像力が働きにくい。基礎トレーニングとして、「議論を恐れない」のは大事です。

「そこはどうしてもうなづけない。なぜそう考えるのかわからない」

困った時は、できるだけ相手に深掘りして聞きましょう。同じ人間でも、みんな前提とする文化が違うのです。

例えば、バスケのNBAの試合では、終了間際ラスト30秒ほどになると、もう攻め込むことはなくスローダウンし、プレーをやめて時計がゼロになるのを待つことが多いです。すでに逆転不可能な点差になっている場合、「勝ちが決まっているのにダメ押しで点を重ねるのは、負けチームへのリスペクトを欠く行為だ」そんな暗黙の空気があるのです。別に公式ルールとして明文化されてるわけじゃないので、ごくたまに空気を読めずにダメ押しのダンクをかましてしまう選手もいて、喧嘩になっていたります。

「おい、なに決めてんだよ!」
「なにが悪いんだよ、ルールブックには書いてないだろ?」
「書いてないからってやっていいのかよ、なめてんのか!」

でもこれ、もしぼくが映像で予習することなくNBAの試合に出たとしたら、空気を読めずに屈強な男たちに殴られてると思います。なんで殴られたのかわからず鳩が豆鉄砲食らった顔で、へたり込んでる。だって前提とする文化が違うんです。中学時代のバスケ部の先生からは「いいか、どんなに大差でリードしてても、淡々と最後の1秒まで全力でプレーするのが礼儀だ」と教わりました。大差だからといって手を抜くのは、相手をなめているようで失礼じゃないか、ということでした。そうだよなと納得し、そういうもんだとして生きてきました。

本場のアメリカNBAと、日本の片田舎(埼玉)の公立中学と、まったく正反対ですね。あなたは、どちらが相手へのリスペクトのある行為だと思いますか? NBA派も日本派もいるでしょうけど、両方の理由を聞けば「なるほど」と両方とも理解できますよね。 どちらが正しいか、ではなく、どちらも正しいんです。正解は複数ある。ただ、空気というのは多数派や声が大きい人がつくるものなので、場所によって違いができるのです。

この例はまだ言語化できたので、文化が違っても理解しあえると思います。

「わたしの意見は違うけど、理由を聞けばあなたの考えもわかる」

でも、まったくわからない、考えもしないということもあります。

「うなぎトラベル」という「ぬいぐるみの旅行会社」があるのを知っていますか? オーディナリー編集部のMさんが社長と友人らしく、ぼくもそれで知ったのですが、人間が旅行するのではなく、お客さんの大事なぬいぐるみを預かって旅行させてあげるサービスです。お客さんがぬいぐるみをうなぎ社まで郵送して集合させ、添乗員がぬいぐるみたちを伊勢神宮ツアーなど観光地へ引率するのです。人間は添乗員だけで、大きなリュックの中にぬいぐるみを乗せて歩きます。現地で記念写真を撮り、他のぬいぐるみたちとも交流し、その様子はSNSで共有されます。その様子をお客さんは見て、「よしよし、あの子も楽しんでいるようだ」とほくほく顔。ツアーが終わると、ぬいぐるみを帰宅させます(郵送)。

この旅行サービスがマスコミでも取り上げられ、本も出版されて人気なのですが、「これがビジネスとして成立するなんて、意味がまったくわからない…」。首をかしげる大人がけっこう多くいました。ぬいぐるみを旅させて何が楽しいのか、なぜお金を払うのか、まったくわからない。「自分には想像もできない… 」と言うのです。ぼくが何度も魅力を説明しても、わからない。

説明なしでわかる人もいます。ああ、そういうのって楽しいよね、と。モノを人間として扱う心って、ある人にはあります。ペットを家族として扱う人は多いですし、大好きな自転車に名前をつけて相棒のように話しかけて乗っている人もいます。見える人には見えるし、見えない人に説明するのは難しい。見えない人には、何を言ってるのかまったくわからないと思います。

もし自分が病気などで家から出られない時、ぬいぐるみに代わりに行ってもらうことで、満たされたりすることもある。モノに心を乗せているんですね。

それって「ああもう膀胱パンパン、代わりにトイレ行ってきて」が無意味なように、代わりは無理じゃないの? この旅行社のビジネスプランをもし、大企業のスーツの役員たちの前でプレゼンしたら、半分以上はポカーンでしょうね。

わからない人に、どうやったら伝えられるだろうか。見えないものを見えるようにする。これが文筆家たちの仕事なのでしょうが、まずはわからない人と対話することが大事です。見える人と見えない人はどこに違いがあるのか、を諦めずに掘るのです。 どこが違うのかをうやむやにしたまま、「あの人はわかってくれない」で済ませてしまっては、書き手としての成長はありません。

ここで「自分の方が賢い」とか、「ものを知っている」「悟っている」という驕りは禁物です。「相手の言うことがわからない」場合の半分は、自分には見えていないものを相手は見えているケースなのですから。

「常識じゃん、わからないなんておかしい」と攻めてはいけません。
「へぇ、そういう考え方もあるんだ、もう少し教えて」というスタンスです。

ある映画で、こんな設定がありました。

「ボタンを押すだけで一億円あげます。ただし見知らぬ誰かが死ぬ」

さあ、あなただったらこのボタン、押しますか?

「自分にはデメリットはないし、押すに決まってる」100%押す派から、「誰かの命を奪ってまで欲しいお金などない」100%押さない派まで、その間には細かなグラデーションがあることと思います。たいていの人は、即決できずに迷うのではないでしょうか。だから、映画の「問い」としては面白い。そして主人公は、迷ったあげく押してしまう。だって押さないと、ストーリーが始まりませんしね。

ちなみに、ぼくが主人公だったら迷わず、押しません。映画は3分で終了。つまらなくてすみませんが、なぜか簡単に言うと、自分にとって、なんの利益にもならないから。一億円もらえようとも、誰も見てなかろうとも、魂が汚れるからです。魂は永遠で、何度も転生しながらそれを鍛え磨いています。せっかくたくさんの過去生で努力してきたのに、台無し。そんな世界観でぼくは生きているからです。なので、押さない、即決。

えっ、押さないなんて、もったいない。1億もらえるなんてメリットしかないじゃないの? 関係ない人が死ぬのであれば、別に毎日どこかで誰かが死んでるんだし、世界に何も影響ないじゃん。いなくてもいい人なんていくらでもいるでしょ、悪人とかむしろいない方がいいでしょ。

「あのね、いなくていい人なんて一人もいないんだよ」とぼくは返しますが、
「えっ、凶悪犯もいた方がいいわけ? 意味わかんない…」
「じゃあ、じっくり話そうか」

みたいな感じで、利益の考え方にもこうして違いがあるわけです。 「この人、なに言ってるんだ、まったくわからない」 「なぜそう思うの?」 わからない人と議論をする経験が、読者を想像するトレーニングになります。この人と自分の主張は、どこまで同じで、どこから違うのだろうか?

友人同士だと、似た者同士が集まりますので、だいたい「わかるわかるー、だよねー」ばかりです。少しの違いはあれど、せいぜい「話せばわかる」程度です。「まったくわからない」がほとんどない。

仕事ですと、上下関係があったりして、上司やクライアントなど立場が上の人が「正しい、常識」となります。なので「なるほどですね、その考え、良いと思います!」と、わかったふりして穏便に流した方がスムーズです。上意下達の職場だと議論する場面って、ありそうでそんなにないんですね。仕事の場面で本音言う人少ないでしょ、角が立ちすぎて。

そこで有効なのが、第3の場ですね。例えば、読書会はまだまだ一般には広まりませんが、おすすめです。ちょっと難しい課題図書を1冊、背景の違うみんなで読み合うのです。上下関係もない相手となら、本音で意見を交わせます。自分を賢く見せる必要もないですから、わからないことをわからないと言えるし、ディベートのように好戦的にもなりません。

ぼくも20代に少人数でよくやっていました。起業家仲間と2年かけてたった1冊をひたすら議論したこともあります。例えばその1冊は、稲盛和夫さんの『心を高める 経営を伸ばす』ですが、その中に新しいプロジェクトを立ち上げる時の条件が書いてあります。

「動機善なりや、私心なかりしか」
(動機は善であるか、自分の利益だけを考える心はないか)

善とは具体的にどういうことだと思う? なぜ善でなければ事業は繁栄しないのだと思う? そういうことを意見し合うのです。やってみると面白いですが、人ってこうも違うのか、とわかります。いかに普段、わかり合ったふりをしているか。これが同僚同士とか夫婦とか利害関係者だと、「なんでわかんないんだよ!」とわからせようとしてしまいますが、そうでなければ「そっかー、そういう考えもあるのか」とニュートラルに受け入れられます。

上の本は一言で言うと、「経営を伸ばすには、心を高めることが最重要なんですよ」ということ。ですが、反論する人もいるでしょう。「は? ビジネスって現実の数字なの、スキルなの。売れる商材見つけてたくさん売ればいいの。心なんて関係ないよ。なに言ってるの? 意地の悪いブラック経営者こそたくさん儲けてるじゃん。スキルと運があれば良いんだよ」

そういう議論が、書くときに、読者の反論を想像する力になるのです。こういう反論が来そうだな、別の意見もあるだろうな、と。あらゆる読者の意見を想像して、その反論も汲んだ上で、筆を運べるようになる。そうすると、無意味な炎上も避けられるし、わかってもらえないことも減っていきます。

まったく理解できない意見を熱心に主張している人に出会ったら、遮断せずに耳を傾けましょう。なぜその意見なのか、違う点を理解できるまで、なるべく質問して解剖するようにしましょう。

「なるほど、賛同はできないけど、思考回路は理解したよ。そう考える人もいるのね」

わざわざ遠くに旅をしなくても、隣人との深い対話は、いろんな文化に触れられて面白いです。

.
.
. . 
「好きなことで生きていくために」
  ヒントになりそうな他の深井次郎エッセイもありますので、一緒にどうぞ。
   

【第262話】お金への抵抗。なぜ好きなことでお金をもらうのは気がひけるのか 
【第261話】失うものを背負った大人の起業法「3つの経験値」 
【第260話】やりたいことが1つに絞れないあなたへ 
【第259話】「君には飽きた」と言われた僕は、波の数だけ抱きしめた 
【第257話】ヤンキーと優等生、20年後どちらが幸せになっているか
【第254話】飛んでから根を張る 
【第251話】持つ者、持たざる者 
【第247話】異なる楽器で同じ曲を奏でる 
【第233話】未知なる感覚を求めて – 日本一のバンジーを飛んでみた話 
【第214話】激変の時代にも残る仕事のキーワードは「あなたにもできる」 
【第213話】世界を変えた新人たちはどこが違ったのか?  
【第202話】自分がやらなきゃ誰がやる。使命感をどのように持つのか  

ピッタリだ! お便り、感想、ご相談お待ちしています。 「好きを活かした自分らしい働き方」 「クリエイティブと身の丈に合った起業」 「表現で社会貢献」 …などのテーマが、深井次郎が得意とする分野です。全員に返信はできないかもしれませんが、エッセイを通してメッセージを贈ることができます。こちらのフォームからお待ちしています。(オーディナリー編集部)

 

感想ください深井次郎

気軽に感想くださいね。一言でも参考になります。


(約4450字)

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。