【第237話】天職の拾いかた / 深井次郎エッセイ

 

見渡す限りの砂浜から
思わず手にとってしまうもの

 

「よく見ると、いい感じのがあるよね」

ぼくらはいま、葉山(神奈川県)の海にきています。もう晩秋、11月。砂浜には釣り人がちらほらいるくらいで、とても静かです。 朝の9時半から、ぼくらオーディナリー隊3人は砂浜を歩き、いい感じの貝や石を拾っています。貝や石? 何のために? いや、ただの遊びです。

海水浴場の、よくある普通の砂浜。特に珍しい場所ではないのですが、ていねいに観察すると、色やかたち、手触りになんだか惹かれるモノに出くわすのです。

これらは宝石のように高額で取引されるような、社会的価値ある石ではありません。そういう社会的価値とは関係ない。ただ自分がピンと来たものをひたすら拾っています。すると、なかなか面白いもので、自分の感性の傾向がみえてきて、発見がありました。

ぼくが思わず手にとってしまうのは、色があるもの、淡く複雑な風合いがあるもの、黒よりは白系が好きなようです。新しくピカピカ尖ったモノより、古びて角が取れて丸くなったモノがいい。古いとはいっても、古すぎてボロボロに原型がくずれるまでは行きすぎ。ほどよく波風に研磨された頃合いがいちばん美しい、と感じます。「美しい」は人によってさまざまなんですね。

淡い色合いが絶妙

淡い色合いが絶妙でしょ?

 

貝拾いから学ぶ 天職のプロセス

ひとつ拾っただけでは、自分の好きなものは見えてきません。でも、集めて並べてみると共通点、傾向がわかってきます。

「これは、天職との出会いかたとも重なるなぁ」

いま、貝を拾いながら考えています。

「好きなことをやって生きたいのですが、そもそも好きなことがわかりません」

そんな人こそ、ぼくらといっしょに貝を拾ってみるといいのではないか。まずはただ無心に、こころ惹かれることをなんでもやってみたらいいんです。理由とか、「これがなんの意味あるのか」とか考えずに。「世間に評価されるだろうか」とか邪念は置いておきましょう。

「なんかいいかも!」を集める。そして並べる。すると、必ず傾向が見えてきます。そうやって、好きなことや天職に近づくのです。 貝拾いを例に、天職との出会いかたのプロセスを解説します。

STEP1.  手当たり次第に拾いだす
「いい感じ」という感覚だけを頼りに、どんどん拾う。ベストじゃなくてもベターな貝(仕事)も拾ってみる。

STEP2.  目が肥えて、基準ができてくる
20個30個ひろってくると、「なるほど、この辺にはこんな種類の貝(仕事)があるのね」と状況がわかってくる。

STEP3. 袋が重くなってくるので、整理し厳選するようになる 
両手で持てるものにはキャパがあります。過去に拾った袋の中の貝と比較し、それよりも魅力のないものは拾わない。すぐに袋に入れずに、手で持ちながらしばらく歩き、考えるようになりました。経験を積むと、拾う量が減ります。

STEP4. まわりの意見も取り入れる
袋があふれ、貝を捨てるときに、他人の客観的な意見もとりいれる。ひとりで完結する個人的な趣味なら他人の意見は必要ないが、仕事など他人と関わるときは客観的意見も必要。

STEP5.  珍しいものをキープする
いつでも獲れるものは、近場で拾えば良いので、戻します。今しか獲れない、ここでしか獲れない、自分にしか獲れないものを意識して絞ります。

STEP6. アウトプット、完成形を意識する 
好みがはっきりしてきたら、それをどういうカタチで見せようか考えはじめる。仕事で言うと、社会に、そして人生に何を残したいのか。何かのメッセージなのか、本なのか、活動なのか、しくみなのか、発明なのか、商品なのか。せっかく拾った可愛い貝を、みんなにも共有したい。おすそ分け精神で、どうせなら作品にしようと意識し始めた。

STEP7.  継続できるシリーズものを検討する
どんな作品にしようかな。美しいモノはひとつだけでも力があるが、複数並べたり継続することで、さらに面白みが増すことも多い。どのテーマを追うのか、定める。二枚貝シリーズ、ウニシリーズ、桜貝シリーズ、ラインシリーズなどを考えた。

STEP8.  ひとつひとつ洗いながらベストを選ぶ
帰宅し、一晩寝て冷静な頭で、持ち帰った貝を洗いながら厳選する。なかには「これなんで拾ったんだ?」というたいしたことのないモノがあったりする。何度見てもいいよね、というモノだけを残す。

このステップにはまだ少し続きがありますが、貝拾いに限らず自分にとって新しいジャンルのことを始めるときは、毎回このステップをくり返しているように思います。

ウニの殻。見てて飽きないでしょ。

ウニの殻。見てて飽きないぞ。

 

 

貝を拾わせれば、仕事の進め方がわかる

 

今回は3人(ぼく深井次郎、ふじた、中村真美)で拾っていますが、近くで話しながら並んで歩いているわけではないのが面白い。没頭するとそれぞれ自分の世界に入ります。 行動にも個性が出るのです。

どの海岸を歩いても同じ行動パターン。いつも先頭はふじたさんなのです。そして少し遅れてぼく(ふじたさんの背中が見えるくらいの距離)。最後尾の真美さんは、ときどき姿が見えなくなるくらい後ろにいる(しかも、しゃがみこんで小さくなっているので、よく消える)。

【ふじたのタイプ】 俯瞰型
速度:早いどんどん先へ歩いていく。
範囲:広い。まず全体像を把握しようとする。
収穫量:少ない。
スタイル:立ったまま広い範囲を見回し、しゃがみ込むことはない。小物には見向きもせず遠くから大物を狙う。(実際に珍しい大きなウニを獲得)

 

【深井次郎のタイプ】 中庸型
ふたりの中間。拾う量は多くて、多様なパターン。迷ったらとりあえず拾っておいて、あとで厳選型。貝も石も同じくらいの量。

 

【中村真美のタイプ】 顕微鏡型
速度:目の前の足元から、じっくり進む。1カ所からなかなか動かない。
範囲:狭い。「この先にもっといいスポットがあるかも」とか気にしない。収穫量:少ない。厳選する。
スタイル:しゃがみ込み、細かく見る。貝より石のほうが得意。

秋になると日の入りは早く、16時半までに、どれだけ自分の気に入ったモノに出会えるかというゲーム。期限内に最高のパフォーマンスをどうあげるか。これ、仕事の進め方も同じだろうなと笑ってしまった。

時間制限があるのだから、まず全体像を把握し、一番お宝がありそうな場所の見当をつけ、狙いを絞ってから当たっていくのが効率的です。でもぼくはそれを意識しながらも、全体像を把握するために調査で歩いているときに思わず拾い始めてしまうのです。「お、いいじゃん! 」なんてものがあると、そのまま入り込んでしまって始まってしまいます。

まず全体を把握しなければ、という理性がありながら、目の前のことに取りかかってしまう。優先順位をつけるのが苦手で、目の前に並べられたものを、好きなものからとりかかってしまうのです。時間の使い方は、ぼくの課題なのです。

古い切り株とか、火山みたいじゃない?

古い切り株とか、火山みたいじゃない?

 

 

何気ない日常に美を見出す
足元の幸せを拾い集める

 

朝から夢中で拾い、さすがにおなか減ったね、と気づくと15時。近くの「すかなごっそ」という野菜直売所で地元(横須賀)の野菜とお肉を調達。持参したカセットコンロと鍋で、アウトドア鍋をつくります。砂浜で、海を眺めながら鍋をつついていると、ノラ猫が「ください」と寄ってきたので、ひとかけらだけあげました。

腹ごしらえして、ラストスパート。日が沈み真っ暗になるまで拾い続けました。普段、海水浴でなどで来ているときには、こんなに砂浜をていねいに見ることがありません。気づかなかったけど、足元にはいろんな種類の味わいのある貝や石が落ちています。

海にこなくても、近所の公園には落ち葉やどんぐりが落ちていますし、見れば見れるほど自然のつくったものは美しいです。気持ち悪い貝もあるけど、「キモかわいい」という感じ。人間がデザインしたものは、自然にはかないません。

人間は、「ここではないどこか」へ、幸せを探し続けてしまう生き物です。しかし、そこには死ぬまでたどり着けません。「足元の幸せに気づく」というのは、ぼくがずっと持っている創作テーマです。いま、今日拾い集めたような「自然の落としもの」をつかって、作品をつくろうかなと話しています。「足元の幸せ」シリーズです。今日、葉山の海岸で拾い集め、厳選されたベストメンバー。この「葉山選抜」たちでどんなものをつくろうか。

ピッタリだ!

ピッタリだ!

 

ラインのある石

ラインのある石

 

(約3306字)
PHOTO: 深井次郎

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。