【第235話】砂時計の底で生きる – 前進した日もしない日も – / 深井次郎エッセイ


放っておくと、つい夜更かし
夜型生活になってしまう体質です。

 

朝型にしたほうが仕事の効率が上がるのはわかっているのですが、日付が変わる前になかなか寝れません。 べつに夜遅くまで帰れない仕事があるわけではありません。己のさじかげん1つなのだから、早く寝ればいいのに。それがなかなかできないのです。「痩せる痩せる」と言いながら、いつまでも不健康な人とか、「片づける片づける」と言いながら、いつまでも部屋の断捨離ができない人の気持ちがよくわかる。自分でも治そうと思っているのに、これがなかなか治せないのです。

ぼくは意志が弱い人間なのでしょうか。そうではないと思います。もちろん、弱い分野もあるけれど、強い分野もあります。すべてにおいて意志が弱いわけではありません。「毎日書く」と決めたら書くし、肉体改造もストイックに続けられます。わりと、「やると決めたことはやる」という面もあるのです。 ではなぜ、夜更かしだけが治らないのでしょうか。他のことはできるのに、そのことだけ治らないというとき、何かそこにその人特有の「心のコリ」があるものです。

寝る時間がついつい遅くなる。その心理を掘り下げていくと、できるだけ1日を長くしたい、という気持ち。つまり「本当に大事なことをやり残しているのではないか」という焦りと不安がありました。「大事なこと」というのは、「自分にしかできない、人生でなすべき目標」です。いくら忙しく予定をこなしても、人と会っても、事務作業をこなしても、自分にとってそれは「なにも進んでいない」ことと同じです。早く寝たら一日がもったいないと思いながら、だらだら考えごとをしながら起きてしまう。これが夜型になってしまう原因です。

夜に挽回しようとしても、つかれた頭では良い仕事はできません。諦めて早く寝て次の朝早く起きればいいのに、未練があって寝れない。遅く寝て遅く起きると、午前中のゴールデンタイムが有効につかえなくなって、効率の悪いスパイラルにはまっていきます。

夜が黒から青になり、新聞配達のバイクの音や鳥の声が聞こえだすと「まずい… 朝だ」さすがに次の日にひびくので今日を諦めて寝るのですが、朝の目覚めはよくありません。

一歩でも進まなければならない。でもなかなか進んでる実感がない。むしろ後退している気さえする。この口惜しさが、夜を眠れなくする原因でした。

原因に気づいて、「何もしない日があってもいいじゃないの」そう心をゆるめることができるようになると(これが難しいのですが)、「今日はもう寝てしまおう」と思えるようになりました。進まないことをクヨクヨできることも、エネルギーがある証拠。頼もしいものです。

こう思えるようになったのは、社会人になってバスケを再開しトレーニングを勉強しはじめた影響が大きかったです。体を追い込んだ次の日は、しっかり休む。休まないと筋肉は再生されないので強くならないのです。毎日追い込み続けていたら、切れた筋肉が修復する時間がないので、切れっぱなしです。アスリートたちは、「休養日も立派なトレーニングだ」と言っています。

休むときには、よく食べてちゃんと休まないと、次の日に集中して追い込めません。限界を突破するほど追い込めないと、力は向上しません。メリハリが重要。休むのも仕事なのです。休養日も、前進していないわけではありません。表からは見えませんが、体の奥の深いところでは、細胞たちがせっせと強い体をつくっているのです。

ある日、スポーツジムのサウナで隣に座ったアスリートに教えてもらったことがあります。そのサウナには、砂時計があって、それを指差して彼は言いました。

「みんなね、砂時計って上の部分を見てる人が多いんです。砂が減っていって、最後にはゼロになる。でも、ぼくは下をみてるんですよ。どんどん蓄積されていくって」

アスリートとして、肉体のピークは必ずあって、毎年毎年、年もとるし、疲れが残りやすくなったり衰える部分もたしかにあります。人間、失ったものは気づきやすく、得たものは気づきにくいものです。でも本当は、経験もテクニックも増えてるし、仲間は増えてるし、できることも増えているし、筋肉も思い出も増えている。そう彼は言います。

たしかに人生は砂時計みたいなもので、有限です。砂時計の上を見て、「残り時間がどんどん減っていく」と焦っていたのが以前のぼくです。

「経験も仲間も増えている」
「時間を経たぶん、友情も信用も絆も深くなっている」

蓄積されていくものの数を数えるようになると、「何もなかった日なんてない」と思えるようになりました。

「足りないもの、失ったものを嘆くのではなく、いまあるものを数えよう」

これが古代から数ある幸福論の要諦です。ほとんどの本に書いてあるし、ぼく自身もずっとそのことを書き続けてきたのに、書き手本人でさえもふと忘れてしまうこともある、むずかしいものです。だからこそ、忘れそうになったとき、何度も何度も書くのでしょう。

今度、だれもが自然と下に目がいくような砂時計をアート作品としてつくろうかな。ぶつかりあった日も歴史になって、いっしょに歩く仲間がひとりまたひとりと増えていく。おかげで今日も1本書けました。前進した日もしない日も、いまあるものに感謝して、あなたも早めに、おやすみなさい。

(了)

 

(約2100字)
PHOTO: Antony Pratap

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。