【第225話】メッセンジャーにとっての水と太陽 / 深井次郎エッセイ

 

 

著者の種が発芽するには
魅せ手出版社とのコラボが必要なのです

 

オーディナリーがさらに力を入れたいところは、社会に良い影響を与える著者を育てることです。なぜそれをするのか、どうやってそれを実現しようと考えているのかという話をします。

2009年、自由大学の創立に参画する際、「自分も何か教授として講義を持とう」ということではじめたのが「自分の本をつくる方法」です。ぼくは20代半ばから本を何冊か出していたので、以前から「本ってどうやったら出せるの?」という質問を受けることがよくありました。特にコネも実績もない若造に出版オファーが来るというのがまわりには不思議で仕方なかったみたいです。

自分の場合はこうだった、まわりの著者はこうだったみたい、今思えばこれをやっておけば良かった、という内容を、一人ひとり相談に乗っていたら喜んでいただけていたので、「これ講義にできるかも」と講義化したのです。それに出版はぼくが一生探求し、携わっていきたい分野です。出版の世界は広く深く、知らないことだらけです。

「ぼくが今まで経験し学んだことはすべて教えるから、その代わりみんなも学んだことを教えてくださいね」

そうやってみんなでシェアしあえば、学びも大きくなると思いました。もし一人で孤軍奮闘していたら、一生かけてもこの世界の入り口にもたどり着けない気がしたのです。文字が世界に生まれたのは、紀元前7千年紀とも4千年紀とも言われますが、それだけ壮大な、歴史のある分野。これは学びあう仲間をつくって集団で取りかかるしかないなと思ったのも、講義をはじめた理由のひとつです。

講義開始から6年経った今では、出版する仲間が多く生まれて、それぞれの著者が「自分のケース」をシェアしてくれるので、たくさんの事例が集まり、ひとりで活動するよりも何倍も探求が進むことを実感しています。

 

自分の本。とはあなたの本質のこと
大事なのは文章のうまさより、中身です

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講義を生みだすときに、ずっと考えていたのは、「中身と伝え方」の話です。本にとって一番大切なのは、中身である、ということ。中身がないのに、どんなに表現を上手にしても、良い本にはなりえません。

このときAmazonで「本をつくる」、「文章術」、というキーワードで検索される本はすべて目を通したかもしれません。どの本も学ぶところはあるのですが、いかに文章を上手に書くか、わかりやすく書くか、売れる企画にするか、そういうスキルを教えることに終始している本が多いように感じました。これは文章スクールも同じです。

大事なのは、伝え方ではなく、中身です。「書く技術」をおしえてくれるスクールはたくさんあるけど、「自分にしか書けないメッセージ」「自分の果たすべき使命」そういうものを見いだし、アクションをはじめる方法には、なかなか触れられません。

本を書くことは、自分が何者であり、だれにどんなメッセージを伝え、社会をどう良くしたいのか。まずこの中身を固める作業なんだと、ぼくは自分の経験を通して感じていました。それが苦しみであり、楽しみでもありました。中身がないのに、伝え方だけうまくなっても、それはライターにはなれるけど、著者にはなれないのではないでしょうか。

たとえば、プレゼンで考えるとわかります。中身がないのにパワポだけ豪華(デザインやエフェクトが派手)という人がいます。中身がないのに、話し方だけ立派(声が大きく身ぶりが派手)という人もいます。それで受け手の人生を良くすることができるでしょうか。

漫画も、ストーリーと絵に分解できます。たとえば、絵は好みではなくても、ストーリー自体は素晴らしいという作品があります。絵とストーリー、もちろん両方よければベストだけど、一番大事なのはストーリー(中身)だとぼくは思います。(いや、絵だ、という人の気持ちもわかります)

ちまたの文章スクールでは、起承転結がどうだとか、文のリズムが、文法が、とか言われますけど、乱暴な言い方ですが、それはパワポを使いこなすスキルのようなものでしかないと思います。伝えるべきメッセージがあってはじめて、その後にパワポのデザインスキルが必要になってくるのです。

その人にしか伝えられない強いメッセージがあること。これがなにより本づくりで大事なことだと考えます。これは自分を棚卸しし、見つめ直し、本当に伝えたいことは何なのか、自分の強み、専門性、自分のやりたいこと、使命(命の使い方)をどう定めるか、ということ。それを考え、行動にとりかかれる学校であり講義にしたいなと思いました。

なので、講義には、「本を出版しました」という卒業生もいますが、「やりたいことが見えてきたので起業します」とか、「会社を辞めます」という人も多くいます。本について考える過程で、自分が本当にやりたかったことを思い出せるので、キャリアをチェンジする人も出てくるのです。「自分の本をつくる方法」の本とは、かなり広い意味で使っています。商業出版の本という以前に、「自分の本質」のことでもあります。

 

書くことは社会貢献なのだと気づく

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講義をスタートした当初は、ただ単純に「目の前の頑張っている人を応援したい」という気持ちでした。「本づくりや書くことって、なかなか楽しいよ」ということを伝える。正直いって、自分の半径5メートルの幸せ、受講生たちの幸せしか、意識にはありませんでした。

その半径が広がったのは、つまり「社会のために」と考えるようになったのは 、片野あかりさんとの出会いも大きかったように思います。片野さんは、講義の2期生で「乳ガン闘病記」を出版した著者ですが、講義に参加して出会った当初は、まだ何も書いていなく、「今まで自分のやってきたことを整理して棚卸ししたい」という動機でした。それからメンバーみんなに自分が乳ガンであることを告白し、それについてのブログを書き始めました。すると、同じ状況で戦っている仲間が世界中にいることがわかりました。メールをもらったり、コメントをしあったり。

「あなたも大変なのに、書いてくれてありがとう。あなたのおかげで、生き続けることにしました」

そんなお便りももらいました。会ったこともない人に、自ら命を絶つことをとどまらせることができたのです。だれかの生き死にを左右してしまうほど、その作者の存在とメッセージには力があるのだ。それを目の当たりにしました。

助けられたのは、読者だけではありません。片野さん自身も、助けられていました。「あなたがいてくれてよかった」だれもがこの言葉を求めて生きているのではないでしょうか。この言葉ほど、生きがいを感じることはありません。病気で思うように動けなくて、「社会にとって自分は価値があるのか」と感じていた時期もありました。でも片野さんは書きはじめることで、「この社会に少し居場所ができたかもしれない」とも言っていました。誰かの役に立つことができる。生きがいとは、「自分にしかできないことを与え、役に立つこと」なのです。

当時も今も、本の世界は揺れています。電子書籍なのか、いやまだまだ紙だろう、という議論も尽きません。でも、ぼくらにとって、手段はなんでもいい。大事なのは、メッセージが伝わること。必要としている読者に深く届き、その読者の人生と社会がより良くなるか。そこが出版の本質なのです。

ぼく自身も、著者として今まで読者からお便りはいただいてきましたが、「元気がでました」とか、「新しい仕事を始めました」とか、そういうほっこりしたものでした。生き死にを左右するほどの影響ではありません。でも、読者にとってカーテンを揺らすそよ風くらいには影響を与えられたらいいなと思ってやっています。

「書くことは人助けであり、立派な社会貢献なんだ」それまでも漠然とは思ってきましたが、片野さんの存在から、その思いは確信に変わりました。みなさんそれぞれが体験したこと、学んだことをシェアするような世の中になれば、救われる人はもっともっと増えるでしょう。

書く人を増やしたい。書いて自分の体験やメッセージを共有しあうのが当たり前の社会になってほしい。そんなビジョンが見えてきました。いまは、「これがぼくの役割であり、そのために生まれて来たのではないか」とすら思うようになってきました。

 

さらに著者をインキュベートするために


講義
を始めて、受講したメンバーが200人を超えたあたりからでしょうか。「せっかくメッセージを持っている仲間がたくさんいるのだから、彼らが活きる表現の舞台をつくりたい」そういう意図で始まったのが、このWEBマガジン、オーディナリーです。

次の段階として、必要なのはコラボだと思います。著者、魅せ手、出版社、この3者のコラボレーション。今ぼくらオーディナリー界隈には、著者は集まってきています。なので課題は、それ以外の、魅せ手、出版社の人たちとどう化学反応を起こさせるかということです。

1. 著者とは
伝えるべきメッセージを持っている人。持っているだけではなく、本一冊分、たとえば8万字(目安1500字×53本)くらい自力で書けること。だれに頼まれなくても、書き始められること。著者をサポートすることはできますが、モチベートすることは本人にしかできません。著者は、伝えたいことがたくさんありますが、整理がつかない人がほとんどだと思います。その辺、「自分にしか書けないこと」を絞っていくプロセスは講義でやります。

2. 魅せ手とは
魅せる専門家。たとえば、デザイナーやウェブ技術者でしょうか。著者1人では限界があります。1人でデザイン、ウェブ、キャッチコピー、写真、動画、イラスト、出版社との交渉、イベント開催、紙モノ制作などを器用にこなせる人はひと握りです。せっかくメッセージを持っているのに、魅せ方が下手なために伝わらないのはもったいない。どうにか力を借りたいのです。ぼくも書き始めたとき、ブログの立ち上げ方もメルマガの配信の仕方もわかりませんでした。そのくらいウェブにアレルギーがあって、どうしてもできなかったのです。でも、たまたま詳しい相方を口説き落とせたからやってもらえました。ひとりだったら、できなかったし、「向いてない… 」と諦めてしまっていたかもしれません。ブログなり、メルマガなり、世の中に公開していたからこそ、出版社の目にとまることも出来たし、魅せることができなかったら、せっかくのメッセージがこの世に存在しないも同じだったわけです。

3. 出版社とは
新しい種を育てる意志のある出版者、編集者。ウェブだけでもメッセージを伝えることは出来ますが、本の力は他にとってかえることのできないものがあります。本をつくり読者に届けるためには、出版の種をいっしょに育ててくれる出版社や編集者が必要です。 数々の経験のあるベテラン編集者でもいいですし、これから新しい出版にトライしたい若手編集者でもいいのですが、新人発掘に意欲のある編集者さんとの出会いをつくれればと考えています。

 

この3者のコラボを生みだすためには、リアルとオンライン両方あると良い。リアルは講義「自分の本をつくる方法」(中級)、オンラインは交流サロンのようなものができたらと思っています。どういうカタチがいいのか、まわりの識者にも相談にのってもらいながら、進めたいです。 良い種があっても、発芽しやすい土壌がなければ芽は出ません。どの種にも水と太陽が必要です。

人生という本を、人は胸に抱いている
一個の人間は一冊の本なのだ。

これはぼくの大好きな詩人、長田弘さんのことばです。だれもが一冊の自分の本を胸に抱えているもの。本をつくる活動は、人を活かす場づくり、すなわち未来をつくることです。志のある仲間をぼくらは求めています。特に、魅せ手と出版社の方、いっしょにやりませんか?

 

 

 

(約4700字)

Photo:Moss

 

 

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。