新しいことを始めたいのに、一歩を踏み出せない。「人の縁」と「なんとなく」で始めてみよう
TOOLS 08
なぎなたのはじめ方
あぶかわのりこ (なぎなた女子)
自由に生きるために
「人の縁」と「なんとなく」で始めてみよう
新しいことを始めたいのに、一歩を踏み出せない。
もうついこの間、新年が明け、あらあらまあまあという間に、もう一月、ふたつき、経ってしまった。あれをしよう、これをしよう、あそこへ行きたい、ここがいい。やりたいこと、行きたい場所、色んなことを頭に描いて行動せずに、どんどんたまって行くばかり。新しいことを始めたいのに、なんだか一歩を踏み出せない。興味があるのに、なかなか手をつけられない。そんなことを思いながら、ああ、また日々が過ぎてしまった。また新たな一日が始まる、そしてそんな毎日の繰り返しで、気が付けば、昨日の記憶がほとんどない。そんな風に、日々をなんとなく過ごしてしまったりしていませんか?
私もそう。そうでした。私はそんな毎日がなんとなく憂鬱で、なんとなく退屈で、自分の人生、何かを変えたくて、地元を飛び出してきたわけなのですが、引っ越してきた先でも、結局は、そんな日々の繰り返し。このまま日々をあっという間に過ごして、あっという間に年齢を重ねて、あっという間に私の人生、終わってしまうのは嫌だ、なーんて、そんなことを思って眠れぬ日々。そんなとき、神が囁いた。「なぎなたをやってみなさい」と。
と、いうのは一部フィクションで、今までの人生、なんとなーく憂鬱で、地元を飛び出してきたはいいものの、引っ越してきた先では、知り合いも仕事も何もない。運よく拾ってもらった職場で、仕事に慣れることに精いっぱい。あっという間に一日が終わり、あっという間に夜が明け、あっという間に仕事が終わり、あっという間に夜ごはん。身支度をして、床につき、あれ? 何だろう、私の人生なんだろう。と、いっちょまえに悶々と考えていたものです。そんな日々の中、私の90歳オーバーの大親友、うめちゃんが、「あんた、なぎなたをやりなさいよ!」と、神の声…ならぬ、うめちゃんの一声をかけてくれたのでした。
なぎなたって、ご存知ですか?
皆さま、「なぎなた」ってご存知ですか? なんとなくもやもやっと、こういうものっていうイメージがあると思います。一般的にイメージするのは、剣道の竹刀のながーくなったバージョンのような棒を、えいえいやあやあ、小手、面、脛!と打ち込む、女性がやる武道? …なんて感じだと思います。厳密には違いますが、だいたい合ってます。ええ、そんな感じです。そんな感じ、というと、他のなぎなたをやっている方から怒られそうですが、そんな感じのイメージでいいです。ええ、最初は。
なぎなたはカッコイイ
「なぎなた」はもともと、「薙刀」と表記します。もともと古くは武蔵坊弁慶が持っていた、あの長い棒の先に鎌のような刃がついている、でっかいカッコイイ武器なのです。薙刀は太刀よりも、ずーっと離れた相手に向かうときに有利な武器として、主に僧兵などに好まれ、時代とともに長大化しましたが、それを使いこなすのは武蔵坊弁慶のような屈強な男性だけではなく、あの平安時代のアイドル静御前や、平家物語で有名な女武将の巴御前、瀬戸内海のジャンヌダルク・鶴姫など、歴代のカッコイイ女たちも愛用したカッコイイ女の武器でもあるのです。
時代とともに武器も変わり、薙刀も刀身が短くなり、次第に主の留守を守る武家の婦人のたしなみとなり、武家の子女の花嫁道具といえば薙刀!なーんて時代を経て、明治時代は男子の剣道と共に、女子の武道として、その目的も護身用というより人間形成に重きを置いて、日本の古き良きやまとなでしこの育成に多大な貢献をしてきたわけです。現在、薙刀は「なぎなた」と表記が変わり、国民に広く親しまれるスポーツとしての武道となりました。どうです、なぎなたって、奥が深いじゃありませんか。
新しい世界に飛び込む
何故なぎなたを始めたのか? と言われたら、答えは簡単で、私の90歳オーバーの大親友が、なぎなたの先生だったからです。人の縁ということは不思議なもので、私の親友が、なぎなたの範士だったこと、今このタイミングで「なぎなた」と言われたこと、たまたま家の近くに県立武道館があったこと、たまたま仕事が休みの曜日が、初心者教室のお稽古日だったこと。そして何より、私自身がなんとなく、「なぎなた」を始めたいと思った。それがまた新しい世界の始まりだったのです。
今はこんなになぎなたが大好きな私ですが、きっかけなんてそんなもので、最初はなぎなたのルールや歴史、そんなものは全くわかりませんし、どちらかといえば興味はそんなにありませんでした。ちょっとやりたいな、と思って、軽い気持ちで少しだけ新しい扉を開いてみたら、そこは見たこともないような色んな世代の女性たちが、活き活きと活動している、清く正しく美しい世界だった。そして私はその世界が大好きになった、と、ただそれだけのことなのです。
なぎなたを始めて、退屈だったいつもの日常が、ほんのちょっと、楽しい日常に変わりました。大会だ、昇級審査だお稽古だ、と、行事に参加するのも、とても楽しい。何より、下は20代から上は80代、普段の日常では絶対出会えないような、人生の先輩や後輩たちと、おしゃべりするのもまた、とても楽しい。新しい世界に飛び込んでみたら、本当に楽しいことづくしでした。
無理をしないのが長続きするポイント
また、学生時代の部活と違って、無理をしなくてもいい。参加できるときは、参加したらいいし、参加できないときは、休んでもいい。楽しいことも大切ですが、無理をしなくていいという事が、一番大切な、長続きするポイントかもしれません。尊敬できるような、生きているのが楽しそうな、人生の先輩たちがたくさん居て、ああ、こうやって年齢を重ねるのも悪くはないなあと思えるような出会いがたくさんあるという事は、とても素晴らしい、このような世界と出会えることができた私はとても幸せだなあと、稽古の度に思うのです。
新しい世界に飛び込む、なんて言うと、なかなか大げさかもしれませんが、とにかく、やりたいこと、やってみたいこと、そういったことは、運とタイミングが一致したら、是非チャレンジしてみればいいと思います。どうしても、これがやりたい、やってみたい、そうではなくても、なんとなく、引っかかる、なんとなく、日程があう、なんとなく、偶然に見つけた。そういった「なんとなく」のセンサーも、とても大事だと思います。「軽い気持ち」、上等。合わなければ、辞めればいいし、楽しかったら、そのまま、その世界に身を置くのもいい。とりあえず、やる。少しでも心にひっかかったものは、とりあえず、一歩踏み出してみよう。そうしたら、きっと、いつもの日常にほんの少し、新しい風が吹くのだと思います。
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