最近、BL(ボーイズラブ)が盛り上がりを見せています。来月7月には、日曜日を除けば毎日のように地上波でBLドラマが放送される予定ですし、昨年末に発売されたニューズウィーク日本版でも「教養としてのBL入門」という特集が組まれるなど、以前に比べてずいぶん身近な存在になったように感じます。
とはいえ、BLには今なお「女性向けのコンテンツ」というイメージが強く残っています。実際、男性の中にはジャンルそのものに抵抗感を抱く人も少なくないでしょう。
かくいう僕も、数年前まではBLとはまったく縁のない人間でした。漫画も小説も読んだことがなく、ドラマを見る機会もありませんでした。ところが、ある出来事をきっかけに一本のBLドラマを視聴したことで状況は一変します。気づけば他のBLドラマも見るようになり、さらには原作の漫画や小説にまで手を伸ばしていました。
今回は、そんな僕がどのようにBLと出会い、なぜ惹かれるようになったのかを書いてみたいと思います。
一つの挑戦に区切りをつけるまで
話はBLに出会う少し前まで遡ります。
当時の僕は、民間から宇宙開発を盛り上げようという社会人サークルのような団体に所属していました。宇宙というとロケットや人工衛星を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、私たちが取り組んでいたのはもっと自由な発想のアイデアです。
例えば、「無重力空間でたこ焼きを焼くにはどうすればいいのか」。あるいは、「月や火星で生まれた人のホロスコープはどうなるのか」。一見すると突飛なテーマですが、未来の宇宙生活を考える上では案外真面目な問いでもあります。
国際会議での発表を目指し、休日には合宿を行い、仲間を集めて小さな実験を実施しました。専門家へのアンケートやインタビューも行い、活動内容をZINEにまとめて書店に置いてもらったこともあります。趣味の延長と言えばそれまでですが、振り返ればかなり本気でした。
そして2023年、ついに国際会議で発表する機会を得ます。会場はアゼルバイジャン。英語での資料作りには苦労しましたが、何とか発表当日を迎え、自分たちのアイデアを世界に向けて発信しました。
長年の活動の集大成とも言える挑戦でした。しかし、発表後の反響は期待していたほどではありませんでした。
それ以前から、所属団体の活動には限界を感じ始めていました。方向性をめぐってリーダーとの意見の食い違いも増え、お互いに歩み寄ることが難しくなっていたのです。
悩んだ末に、僕はそのプロジェクトから身を引くことを決めました。気がつけば五年近い歳月と百万円を超えるお金を費やしていました。決して小さくない時間とお金です。それだけに、撤退を決めたときの喪失感は大きなものでした。
涙活が連れてきたもの
国際会議での発表を終え、宇宙プロジェクトからの撤退を決めた僕でしたが、どこか不安も感じていました。
五年近く取り組み、百万円以上を費やした活動です。決断自体に後悔はなかったものの、この先、喪失感に飲み込まれてしまうのではないか。そんな予感があったのです。
そこで思いついたのが、泣ける作品を見ることでした。
映画でもドラマでもアニメでも構いません。思い切り泣いて感情を吐き出せば、少しは心が軽くなるかもしれない。いわゆる「涙活」です。
そんな中、SNSを眺めていると、ある動画の切り抜きが目に留まりました。
雨の中、大怪我をした友人の胸に耳を当て、心音を確かめる高校生。その必死な様子に対し、「少し大袈裟じゃないか」と思いながらも、そこまで心配してくれることをどこか嬉しく感じているもう一人の高校生。ほんの短いシーンでしたが、映像の空気感や俳優たちの自然な演技に強く引き込まれました。
気になって調べてみると、それは『永遠の昨日』というBLドラマでした。
それまでBLというジャンルにはほとんど触れたことがありませんでした。正直なところ、少し戸惑いもありました。しかし、レビューを見てみると高評価が並び、「男性でも泣ける」といった感想も見つかりました。
そこまで言われるなら、一度見てみよう。
そう思った僕は、アゼルバイジャンから帰国したその日にBlu-rayを注文しました。そして翌日には手元に到着。僕はさっそく再生ボタンを押したのでした。
三話で引き返せなくなった
もっとも、自分で探しておきながらあれですが、「泣ける」「号泣した」といった感想があまりにも並んでいると、少し身構えてしまうものです。
本当にそんなに泣けるのだろうか。
そんな気持ちもあって、最初のうちはどこか斜に構えて見ていました。二話まで見た時点では、「なるほど、このパターンの話か」と、まだ少し余裕があったように思います。
ところが、翌日に三話を見たあたりから状況が変わりました。
作中では、好きになった相手が同性だったことへの戸惑いや葛藤が丁寧に描かれていました。特に感情が溢れてしまうシーンが印象的で、気づけば僕はすっかり物語の中に引き込まれていました。
続きが気になったからなのか、それともアゼルバイジャン帰りで時差ボケが残っていたからなのか。理由はよく分かりませんが、その夜のうちに残りの話数を一気に見てしまいました。
そして迎えた最終話。
見終わった頃には、外はすっかり明るくなっていました。
気づけば涙が止まりませんでした。
生と死、人を愛すること、家族との関係。誰もが向き合う可能性のある普遍的なテーマが描かれており、僕にはそれが強く響きました。BLという枠組みを活かしながら、こうしたテーマを描いた作品として、とても印象深い一本だったと思います。
もともとは、宇宙プロジェクトから撤退したことで生まれた心のモヤモヤを浄化するために見始めたドラマでした。しかし、その目的は十分すぎるほど果たされました。
もっとも、副作用もありました。
初めて見終えてから一週間ほどは、ふとした瞬間にドラマの場面を思い出しては涙腺が緩みそうになっていたのです。
ある日、会社でそんな状態になっていたところ、後輩から「最近、体調悪いんですか?」と心配されてしまいました 笑。
ただ、一つのドラマにここまで感情を揺さぶられたのは、これまでの人生を振り返ってもなかなかない経験でした。
物語はつながっていた
『永遠の昨日』を見終えたあと、僕はなぜここまでこの作品に心を動かされたのだろうと考えました。
そこで、これまでの人生を振り返ってみました。
子どもの頃に見ていた『ドラえもん』。浪人時代に夢中になった『ウォーターボーイズ』。大学生から社会人になりたての頃、何度も励まされた『ウルトラマンネクサス』。
ジャンルはバラバラです。しかし、改めて振り返ってみると、一つの共通点があることに気づきました。
僕は昔から、苦しみや挫折を経験しながらも前へ進もうとする人たちの物語に心を動かされてきたのです。そして、失敗を恐れず挑戦する生き方に強く惹かれてきました。
そう考えると、『永遠の昨日』に惹かれた理由も少し見えてきます。
この作品の大きなテーマの一つは喪失です。大切な人を失った悲しみは消えません。なかったことにもできません。
それでも、人は前に進むことができる。
その姿は、五年近く取り組んだ宇宙プロジェクトから離れることを決めた当時の僕に、大きな勇気を与えてくれました。
また、浩一の生き方にも強く心を動かされました。
人生は長さだけで決まるものではない。どれだけ自分らしく、精一杯生きたかも同じくらい大切なのではないか。
限られた時間の中でも自分の人生を懸命に生き抜いた浩一の姿を見て、僕もまた、自分なりの挑戦を続けながら人生を歩んでいきたいと思ったのです。
その後、僕は他のBL作品にも興味を持つようになりました。
ドラマだけでなく、漫画や小説にも手を伸ばしてみましたが、一口にBLと言っても実にさまざまです。世間一般の人がBLと聞いて想像するような、恋愛や性的な描写を前面に押し出した作品も確かにありますし、正直なところ、自分には合わないと感じた作品もありました。
その一方で、BLという枠組みを活かしながら、人を好きになることの喜びや苦しさ、他者との関わりの中で生まれる葛藤などを丁寧に描いた作品も数多くありました。
当時の僕は、どの作品が自分の好みに合うのだろうと、宝探しをするような感覚でさまざまな作品を見ていた気がします。最近は少し落ち着きましたが、それでも新しい作品との出会いを楽しんでいます。
だからこそ今は、BLというジャンル名だけで敬遠してしまうのは少しもったいないと思っています。もちろん好みは人それぞれですが、一度フラットな気持ちで触れてみると、自分でも思いがけないお気に入りの作品に出会えるかもしれません。
そして何より、BLとの出会いは僕の日常そのものを少し変えてくれました。作品をきっかけに新しい友人ができ、エキストラという新たな趣味にも出会いました。旅行というこれまでの趣味と組み合わせて、ドラマの聖地巡礼を楽しんだりもしています。
あのとき、心のモヤモヤを吹き飛ばしたくて何気なく始めた涙活が、まさかここまで世界を広げてくれるとは思ってもいませんでした。
今の僕は、あの頃の喪失感を引きずることなく、毎日を楽しく過ごしています。