TOOLS 127 呪いを飼い慣らす / 末永千紘(エッセイスト)

呪いを飼い慣らす 末永千紘

 

誰にも言えなかった家族のこと

父はわたしが七歳の頃に亡くなった。

だけど、本当に失ったものは父ではなかったのかもしれない。
あの日からわたしは「悲しい」と言えなくなった。

父が亡くなったあの日の出来事を、正しく覚えている。

児童館に母から電話があったこと。
母の声が少しだけ震えていたこと。
姉と2人で飛行機に乗ったこと。
向かった場所には父はいなかったこと。
一人で座る母の目が真っ赤だったこと。
棺の中の父が氷のように冷たかったこと。
葬儀の途中起き上がれなくなったこと。
泣き叫んだ声が火葬の音にかき消されたこと。
大きかった父の背中がピンク色の小さな骨になって帰ってきたこと。
細く長い煙が上がった時、最後の家族写真を撮ったこと。

ありありと覚えている。
にも関わらず、わたしは父の死をなかったことにした。

母や姉の前では父のことについては触れず、何事もないフリをした。パパがいないことなんて大したことない。ママがいれば十分。寂しくない。「寂しい」や「悲しい」と言うことは、母の愛の不足を主張する邪魔なものだと思った。

学校では嘘をついた。「お父さん仕事何してるの?」と聞かれれば「普通のサラリーマンだよ」と答え、「お父さんムカつく」と友達が言えば「わかる」と言った。母のためにも、”父親がいないかわいそうな子”にはなってはいけないと思った。

自分なりの大義名分を貫くためには、父の死に蓋をする必要があったのだ。

“幸せになってはいけない”という呪い

父はどうしてわたしを捨てたのか。
愛されていなかったのか。

蓋をしたはずの父の記憶は、じりじりと自らその蓋を開け、大学生になる頃には脳を支配するようになった。「捨てられた」「愛されなかった」「父親不在の欠陥品」。誰もそんなこと言ってない。でもそうじゃないと、自分の感情との辻褄が合わなかったのだ。

目の前の幸せが、いつか不幸に形を変えてしまうことが怖かった。
血のつながった親にさえ愛されなかった人間が、誰かに愛されるはずや、幸せになる資格があるはずもない。そんな理屈にもならない理屈を、わたしは長いこと信じるようになった。

だから、友達が恋人に「ずっと一緒にいたい」や「結婚したい」と言えるのが不思議だった。どうしてそんなこと平気で言えるのか。誰かとずっと一緒にいられる保証なんてないのに。どうせいつか壊れるのに。確約なんてできないのに。血の繋がりでさえ、わたしを守ってはくれなかったのに。

今ならわかる。夫婦の離婚と子供の問題は別だということを。父にも父親以外のペルソナがあるということを。だけど、すべてが1つの世界の中で繋がっていたあの頃、どこまでが事実で、どこからが思い込みなのかわからなかった。

父の死は、なかったことになんてならなかったのだ。
むしろ、なかったことにしたせいで大きな呪いとして育っていった。

悲しみに賞味期限はない

社会人になった頃、気づけば毎晩泣くようになっていた。

友達の前や会社ではどんなに普通でいても、夜1人になると津波のように悲しみが押し寄せた。どうにも止めることができず、体の真ん中に、七歳の頃の自分と同じ形をした穴が空いて全てがそこから通り抜けていく感覚だった。

それが何年か続いて、ようやく自覚した。自分は父の死に傷ついていた。葬式が終わっても本当はずっと悲しかった。蓋をするべきじゃなかった。すでに父の死から20年近く経っていた。時間が解決すると言うけれど、悲しみに賞味期限はないのだ。

本当なら、あの頃も、そしてそのあとも、ただひとりで泣いていればよかった。そうして自分だけの悲しみとして抱えていればよかった。いつの間にか、恋人に怒鳴るようになっていた。

甲斐甲斐しく「寂しい」と甘えればいいものを、怒鳴り散らし「お前にはわたしの苦しみがわからない」と不幸アピールをし、彼が疲れた顔を見せれば叩き起こして「嫌なら別れればいい」と罵倒する。傷つきたくない。捨てられたくない。離れたくない。それが叶わないなら早くどこかにいってほしい。「もっと一緒にいたい」って思ってしまう前に。「幸せ」って思ってしまう前に。もう一度傷つく前に。早く。
彼がわたしの言葉一言一句全てを否定するまで眠ることができなかった。

もはやあれは悲しみではなかった。
悲しみを武器にして、人を試していたのだ。

自分に優しいひとだけを選んでいる卑しさ。
全てを話さないくせに「わかってもらえない」と嘆く都合の良さ。
自分の感情を優先し相手をコントロールしようとする傲慢さ。
それを自覚しながらもいつまでも自分を正当化し続ける
傷つきたくないだけの、お目出たき人間。

ようやく自覚する頃には、恋人は疲弊し、涙を見せるようになっていた。
大切な人をこんなに傷つけてまで、自分は一体何がしたいのか。
もう見ないフリをするわけにはいかなかった。

 

父の死は悲しかった。
もっと一緒にいたかった。
愛されたかった。


間違ってない。七才の自分は確かにそう思った。
だけど、そろそろ認めるべきである。
過去を消し去ることはできない。
だから悲しみは消えない。呪いも消えない。

でも、鎖につないで隣を歩くことはできる。
これ以上肥大化しないように。
大切な人を攻撃しないように。
わたしの人生そのものを食い破らせないように。

自分にはまだ、幸福よりも不幸のほうが簡単だ。

けれど、それでも今日も、このけったいな呪いを連れて生きていく。


末永 千紘

末永 千紘

末永千紘(すえながちひろ)/ エッセイスト 1994年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、株式会社リクルートコミュニケーションに入社し、クリエイティブディレクション・コピーライティングを学ぶ。幼い頃に両親が離婚し、7歳で父を亡くしたことをきっかけに「幸せはいつか壊れる」という呪いを抱えるように。10代後半から紙のノートに感情を殴り書きするなかで、書くことは自分にとっての治癒行為だと気づき、会社員として働きながら、日々の出来事や内面をエッセイとして執筆している。