面倒な映画帖 02 「ベルリン天使の詩」フィルムの上にしか存在しない街をさまよう時間

面倒な映画帖

 傍観者でいることより、痛みでも悲しみでもいいから感じたい、生きることを体験したい

<連載>
モトカワマリコの面倒な映画帖 とは

映画ならたくさん観ている。多分1万本くらい。いろんなジャンルがあるけど、好きなのは大人の迷子が出てくる映画。主人公は大体どん底で、迷い、途方にくれている。SFXもスペクタクルもなし、魔法使いも宇宙人も海賊もなし。ひょっとしたらこれといったストーリーもなかったり。でも、こういう映画を見終わると、元気が湧いてくる。それは、トモダチと夜通し話した朝のように、クタクタだけど爽快、あの感覚と似ている。面倒だけど愛しい、そういう映画を語るエッセイです。



ベルリン天使の詩

またまたヴィム・ヴェンダース監督作品 (1987年)


面倒な映画 02
ベルリン天使の詩
フィルムの上にしか存在しない街をさまよう時間

 

1989年3月 西ベルリン 

映画と同じように、飛行機は西ベルリンの上空を旋回しながら、テーゲル国際空港に着陸する。1989年の初春、大学生だった私は必死でかき集めたお金を握りしめ、共産圏に浮かぶ孤島西ベルリンに辿り着いた。恩師の平井先生は気に入らなかった「ベルリン天使の詩」だけれど、私には特別な思い入れがある。映画であると同時にセンチメンタルなガイドブックでもあったからだ。街に出ると映画の冒頭で画面を大きく占めるカイザー・ビルヘルム教会がそびえている。ああこれだ、黒焦げの時計台がたくましく時を刻んでいる。

 

前も言ったけれど、この映画の主役はブランコ乗りに恋をする天使のようでいて、ベルリンの街とそこに存在するいくつもの人生なのだと思う。天使を使ってベルリン市民の「つぶやき」を紡いだアンソロジーになっているのだ。混線する無線のように人々の物語が現れては消える。センチメンタル、そこがいかん! と先生は不機嫌だったけれど、ベルリンには感傷が似合うのだ。天使ダミエルが永遠の命よりも欲しかったいくつものパッとしない人生。ダミエルは傍観者でいることより、痛みでも悲しみでもいいから、感じたい、生きることを体験したいという望みをもつ。永遠の安定よりも冒険を選んだ天使が墜落するには、きっとパリでもNYでも東京でもなく、孤高の街、ベルリンがふさわしいのだ。

 

絵になるように撮っているから、アンリ・アルカンのカメラだから、それもそうだがベルリンはドラマティックだ。渋い演技派のように、いくつもの顔がある。ひとつは戦前のベルリン。パリよりも退廃が色濃い爛熟の街、カバレットやカフェには祖国を追われた亡命者や芸術家が群れていた。ナチス時代の帝都ベルリン、燃える戦火のベルリン、そしてこの映画に登場する壁で分断された東西ベルリン。実際に歩いてみるとわかるが、いくつもある街の表情は、時空を超えて混ざり合い、複雑な物語をはらんで独特のムードを醸し出す。アメリカを題材に世に出たドイツ人監督にとって、物心ついたときから勝者として圧倒的な力をもつアメリカと西ベルリンは対になっていたのかもしれない。当時、西ドイツの人たちには、かつての都の存在を見て見ぬふりしているような雰囲気があった。ハイデルベルク大学に通う友達はベルリンにこだわる私に「ドイツにはもっと見るべき美しい街があるのに。」とベルリンなんてやめておけ、醜い街だと言い続けていた。その負の遺産も、89年の冬以降、もはや存在しない。

 

堕天使の落下地点: ジャパニーズ・ガール@クロイツベルク

今もそうだといいけれど、80年代のクロイツベルクはとんがっていた。ベルリンらしいラディカルなアートフィルムシアターやパンクのライブハウス、ギャラリー街。天使だったダミエルが空から落ちて人間になったのもクロイツベルクの壁際、何が起きても不思議じゃない界隈なのだ。私が最初に行った場所は、SPUTNIK(スプートニク)という小劇場だった。アートフィルムを一晩中上映している劇場で、その日の宿代わり。この年の秋に壁が崩壊するのだけれど、その時の西ベルリンは東西統一の気配もなかったのにユースホステルも学生ホテルも満員で予約できない。映画を観ながら夜明かし、ナイスアイデア。古い建物をリノベしまくっている下町では、劇場がどこにあるか地図を見てもさっぱりわからない。町外れに出てしまって運河で途方にくれたり、ビルを間違えて何度も上下したり、全裸の男がドラムをたたいている部屋に踏み込んでしまったり、中庭に迷いこんで犬に追われたりしながら、古いビルの側壁にへばりついた永遠に続くような長い外階段を登ったところにようやくSPUTNIKを発見。

 

夜も更けくたびれ果てていたら、アフリカ系の大男がにっこり笑って殻付きピーナッツをくれた。「いらない」「なんで? 」「知らない人からピーナッツをもらってはいけないってママに言われているから。」笑えばいいのに、ジョークなんだから。でも傷ついたような顔をして、力なく「ふられちゃったな」と言い残して帰っていった。暗がりだったし現実じゃない感じがして、チケットカウンターに目をやると、若い支配人がこちらに向かって映画のように肩をすくめる。よかった、見えてた? 異邦人の街だからいろんな肌色の人がいる。気軽に話しかけてくる、幽霊でも天使でもなかったみたいだ。クロイツベルクは眠らないし、バスは24時間営業していたから、行こうと思えばアップタウンまで戻れるけど、治安が悪い夜の街をうろちょろすることを考えると、オールナイト上映のアートフィルムを観ながら夜明けを待つほうが賢い。演目はマックス・エルンストとギルバート&ジョ―ジのドキュメンタリー。どれも東京で見飽きたアートフィルムだけど、必要なのは椅子。寄せ集めのシートは壁際がソファになっていて、うたた寝するにはぴったりの寝心地だった。

 

明け方併設のカフェでコーヒーを飲んでいると、また違う男が話しかけてくる。「どこから来たの、旅行かな。」「はい」「ふうん、これからぼくのところへ来ない? 」ねちっこい目でジロジロ見られて、気持ちが悪い感じ。「友達を待っているから行きません。」 「楽しいよ、ホテルなんて引き払っておいでよ。友達も一緒にくればいいじゃないか。君、中国人? 」いつのまにかとなりにすわっていて、顔が近づいてくる「いいえ、日本人(ドイツ語で日本人は女性と男性で語尾が違う)です。」「なんだ、女か。じゃあいいや。」その男は急に立ち上がると、支配人に「東洋人は男女の区別がつかない」とかなんとかブツブツ言って帰ってしまった。カウンターから出てきた支配人氏「大丈夫? ジャパニーズ・ガール。女の子がフラフラしたら危ないから朝までここにいなさいよ。」クスクス笑いながら、大きなシナモンクッキーを一枚、コーヒーのソーサーにのせてくれた。女だとわかるといなくなったその男は、「傷ついた男」というジャン=ユーグ・アングラードのデビュー作で主人公をいたぶるゲイの男にそっくりだった。確かその俳優はベルリン住まいのドイツ人だった気がするけれど、まさか…… まさかね!

 

ちなみにSPUTNIKの支配人とは妙な縁が続く。どことなくアライグマのような顔立ちのその若者に、十数年後東京で再会するのだ。新進気鋭の映画監督として来日したSPUTNIKの支配人とジャパニーズ・ガール、まさかの再会。むろん私を覚えていなかったけど…… ちゃんとシナモンクッキー持参で会いに行った。今のベルリンはどこが面白い? と聞くと私のペンをとって「MITTE」と書いてくれた。まだクロイツベルクに住んでいるらしい。いずれあなたもヴィムと同じようにアメリカ人になるの? 笑って応えてくれなかった。

 

1994年 ベルリンの壁がなくなって迷子になる

壁の外からはわからないが、東西の壁の内側には緩衝地帯があって、東側の兵士が警備をしている。天使はしばしばそのあたりをウロウロしていた。撮影当時は特別な許可をもらったのだろう。東側の壁は白く、まっさら。一方西側は落書きだらけで、無秩序そのもの。暴力的なほどに正反対だ。東ベルリンへ入るには、定められた金額を換金しなくてはならないのだが、東のお金は西では使えないから事実上の入場料みたいなものだ。あからさまな経済格差、コントロールと無秩序、色彩とモノクローム。国境にあるチェックポイントチャーリーで手続きをして、東側へ入る。西ベルリンとはうってかわって印象はモノクロ、まるで天使が見ている白黒の世界だ。ドイツって観光地でもアイスクリームがまずい国だなって思ったけれど、東ベルリンで1時間並んで食べたアイスはすごかった。見た目はアイスだけれど、味がない、かろうじて成立しているアイスのようなもの。それらしい、でも本物じゃない。東ベルリンでは国が仕事や将来を監督し、ある程度の生活を保証をしてくれる。生きてはいけるけれど、少し違うのだ。だから一部の市民は、深夜に川を渡り、トンネルを掘り、ビルを飛び降りてでも命がけで壁を超えた、永遠の命を捨てても人間になりたかった天使みたいに。

 

壁がなくなってからもう一度行ったのは94年で、分断時代はポイントに壁があって目印にしていたけれど、崩壊後に出かけてみると、目印がなくてどこにいるかわからなくなった。「壁がなくなって迷子が増えた」はツーリストだけのことではなかったらしい。道を教えてくれた老人にそう言うと

「若い人は東西分裂前の街を知らないからそんなことを言うんだ。俺たちが若いころは壁なんてなかったから、目障りな壁がなくなってやっとベルリンらしくなったと思っているがね。ブランデンブルク門の向こうは別の国だなんて承知できるはずがないだろう。」

映画でも吟遊詩人が言っていた。ここはポツダム広場じゃない…… かつて賑やかな中心地だった広場のあと地を歩きながら嘆くのだ。明日、渋谷のスクランブル交差点の真ん中に国境線が引かれて、東京が東西に分断されるくらい唐突な仕打ち、ベルリンに起こったことは想像もつかない。

 

センチメンタルな旅の終わり…… 1989年4月

最初の旅からの帰路、ロンドンに向かう飛行機で、入国用のカードが回ってきた。

「すみません、これは何かしら? 」となりの老婦人に聞かれたので

「空港で使う入国カードです。今のうちにパスポート番号と名前書いておかれると手間が省けますよ。」

「そうなの、でも必要ないと思うわ。西ベルリン市民だから。」きょとんとしていると

「ベルリン市民はパスポートがないのよ、かわりに市民IDがあるけれど。今の私達はドイツ人じゃない、米英仏に占領された土地の市民なの。だから占領国にはパスポートなしで行かれるのよ。」

なんでもないことのように話してくれたけれど、この言葉は忘れられない。そうか、だから天使は大挙してベルリンの人たちを見守っていたんだな。壁に囲まれた街の上の空、天国、原題はそういうニュアンスだった。眼下でレゴ模型のように小さくなっていく壁を見つめながら、私はなんだかわかったような気になった。

 

(次回をお楽しみに。毎月20日更新目標です)
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連載バックナンバー

映画01 「まわり道」最後まで見るべき、死ぬほど退屈な映画(2014.9.22)

 

 


モトカワマリコ

モトカワマリコ

フリーランスライター・エディター 産業広告のコピーライターを経て、月刊誌で映画評、インタビュー記事を担当。活動をウェブに移し、子育て&キッズサイトの企画運営に10年近く携わる。現在はフードを中心としたウェブサイトの企画・編集の傍ら、ORDINARYに参加し、インタビューサイト「タコショウカイ」ではスタートアップの人を紹介するメディアも運営している。趣味は料理と映画と声楽。二児の母。