【第112話】不採用の花道 / 深井次郎エッセイ

不採用通知が道となる

不採用通知が道となる

巨匠ですら
たくさんの不採用通知を
もらってきた

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昨日のつづきです)作家が出版社と組むときも同じです。企画が採用されなかったら、「はい次の出版社に持っていきましょう」の精神です。『まことに残念ですが…』という名著があります。ヘミングウェイや『アンネの日記』など名作やのちの巨匠の原稿も、実は過去に出版社にことごとく断られている。その断りの返信手紙、不採用通知を収録した本です。(しかし作家たちはよく保管してましたよね。それだけ怨念があるのでしょう)

この本にはきつい不採用通知がたくさん載っています。「こんな稚拙な文を読んだのは何年ぶりでしょう。まったく才能ありません。違う仕事を見つけた方があなたのためです」など、何もそこまで言わなくてもとかわいそうになってしまう手紙ばかり。すべて後に名作として後世に読み継がれるようになった本の原稿がこのありさまだったのです。彼らは何度も断られて、やっと世に出たのです。一度断られただけで、破り捨ててしまったら、名作も日の目をみませんでした。作家が絶望しゴミ箱に捨ててしまった原稿を奥さんが拾って、他の出版社に送って採用されたケースもありました。きっと、いまも未来の巨匠たちの世に出ていない原稿がPCの中に眠っているはずです。

ベストセラー原稿を逃すと、編集者は悔しがります。何年か前に『情報は一冊のノートにまとめなさい』というビジネス書が出ました。その著者はデビュー作で出版界では実績もなかったので、いろんな出版社に断られてしまったようです。最終的に、ナナ・コーポレート・コミュニケーションさんによって世に出て30万部を超える大ヒットとなりました。その話で、サンマーク出版の植木社長が、「実はうちにもあの企画の持ち込みがあって、編集者が断ってしまってたんですよ」とちょっと悔しそうに笑ってました。でも、植木社長が面白いのは、後悔はしていないということろです。「もう一度あのときに戻って私が企画書を見てたとしても、やっぱり断ってると思うから」と言っていました。自分たちの好みとは違っていたのです。会社によって好みがはっきりとあるのです。

同じ原稿でも、出版社がちがえばちがう本になります。タイトルも装丁も違うものになっただろうし、結果は変わったはずです。お互い好き同士が仕事をするのが幸せです。自分を曲げてまで相手に合わせる必要はありません。居心地が良くて、ぴったりとはまる場所がどこかにあるはずです。なかなか見つからなかったり、どんなに探してもなかったら、自分でつくりましょう。就活でも出版企画でも、不採用通知をとっておくといいですね。のちのちそれが『まことに残念ですが…』に収録されるかもしれません。

(約1000字)

Photo: Steve Jurvetson


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。