ひとつの星座 – 3児のママが小説を出すまで【第3話】 多忙で書くことから離れ、読書に明け暮れる日々。2004年 / 諸星久美

morohoshi2泣き止まなくても、食べなくても、おむつが取れなくても、熱が出ても、寝てくれなくても、「この程度なら大丈夫」だと思える心の余裕は、1日のエネルギー残量にも比例し、私はまたパソコンに向かうようになった。長い間、脳内で育ててきた構想や、脳内で生きていた登場人物が、連なる文字の中で動き出していく瞬間は、「ああ、やっぱりこの時間が好きだ
連載 「 ひとつの星座 」 とは  【毎月25日公開】
母になっても夢を追うことはできるのでしょうか。諸星久美さんが約15年前、27歳で母になると同時期に芽生えた夢。それは「物語を書いて多くの人に読んでほしい」という夢でした。とはいえ、3児の子育てあり、仕事あり、書く経験なしの現実。彼女は、家事や育児、仕事の合間をぬって、どのように書いてきたのでしょう。書くことを通じて出会ってきた方たちや、家族との暮らし、思うようにいかない時期の過ごし方など、記憶をなぞるように、ゆっくりとたどっていきます。42歳の現在、ようやく新人小説家としてスタートラインに立ったママが、本を出版するまでの話。

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第3話   多忙で書くことから離れ、読書に明け暮れる日々。2004年

TEXT : 諸星 久美

   
次男出産

結婚、出産後、○○の奥さんとか、○○のママと呼ばれるようになったことに、ある種の危機感を持っていた私は、物語の創作時間の中に逃げ込むようにして、「私」である時間を確保してきた。
 
とはいえ、夫は、私がそれまでの人生の中で見つけた、最高の宝物だと思っていたし、彼や彼との間に生まれた長男を大切に思う気持ちはもちろんあった。だから、長男誕生の2年後に、次男を出産して歓喜したことだって、私の本心でもあったのだ。

けれど、喜びで満たされた時間だけを、2歳違いの兄弟の育児の中で持ち続けることは、私には難しかった。長男ひとりのときは、昼寝時間が休息の時間だったが、次男が同じ時間に寝てくれる保証はない。また、数か月間は夜中の授乳に起こされ、寝不足であるにも関わらず、長男は、あたりまえのように公園に行きたがる。

ぼんやりとしたまま公園に連れて行くものの、帰るタイミングがずれると、お腹がすいて泣き出す次男と、まだ遊びたくて大泣きする長男の手を引きながら、自宅までの道のりを、バギーを押して歩くことになる。平気な顔して大号泣する2人をつれて歩きながらも、内心は、人々の目を痛く感じて、胸が痛み、玄関を開けると同時に、自分も涙するということも、一度や二度ではなかったように思う。

そんな、体力的にも精神的にも疲労困憊な日々の中で、私はパソコンに向き合う時間を持たなくなっていった。持たなくなったとはいえ、書きたい! という願望が消滅したわけではなかったから、「今は子育ての時間なのだ」と割り切り、いつか、今よりも自由に時間を使える日がくると、自分に言い聞かせながら、育児の隙間時間を読書に費やした。

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書けないストレスが溜まる

それでもやはり、インプットばかりではなく、表現(アウトプット)したい時期が定期的にやってくる。けれど、上手く時間を作ることも、書く意欲を持続することもできずに、思考はマイナスの方へと引っ張られていく。「子どもがいるから書く時間を作れない……」とか「家事があるから書く時間を作れない……」などと、妻としても母親としても、持ち合わせてはならない感情が胸中でうねり、そんな自分を責めるせいで、さらに負のループにはまっていく。

今なら、「本当に書きたい人は、寝る間を惜しんで書いているし、育児と両立しながら作品を書き上げている作家さんはいっぱいいるのだから、それは貴女の甘えでしかないよ。実際のところ、それが、今の貴女の持ちうる、書くことへの情熱の程度なんだと思うよ」と、書けない理由を、周囲や環境のせいにして、勝手に負のループの中に陥っていじけていた私を叱咤するだろう。

けれど、とにもかくにも、2004~06年の2年ほどの私は、日々心に余裕がなかった。心の余裕のなさは、視野を狭くして、自分を客観視する目さえ奪っていく。自分に足りないものを埋める努力よりも、いつも自分だけが大変、というような未熟さから抜け出せずにいた、苦しい数年だったように思う。

 


2007年、長女誕生、書くことを再開する

そんな日々の転機になったのは、長女の誕生だと思う。

2人の育児でもてんやわんやなくせに、大丈夫なの? と自問する妊娠期を支えてくれたのは、妊娠前にふと長男が呟いた「ママのお腹に、女の子の赤ちゃんが来るよ」という発言だった。(彼は、次男妊娠期にも、「ママ、男の子が飛んでるよ」と、部屋の天井を指すような子だった)

家事、育児で、書く時間がとれない……と嘆いているくせに、「女の子がくるかも!」と私は単純に喜び、「もう、今世は、育児に明け暮れるのが私の人生なのだろう」「それでも熱が冷めないのなら、その時は、また書きはじめよう」という楽観的な思考にシフトしていく、大切なきっかけになったと思っている。

実際、女児が生まれてからも、相変わらず「貴女はどこからきたのかしら?」とふわふわとした気分で育児を続けるものの、5年前にノイローゼの手前で激やせした頃とは違って、人と比べない自分なりの育児法を蓄積してきていたこともあり、私は3児の母になって、やっと、子育ての楽しさを見いだせるようになった。

泣き止まなくても、食べなくても、おむつが取れなくても、熱が出ても、寝てくれなくても、「この程度なら大丈夫」だと思える心の余裕は、1日のエネルギー残量にも比例し、私はまたパソコンに向かうようになった。長い間、脳内で育ててきた構想や、脳内で生きていた登場人物が、連なる文字の中で動き出していく瞬間は、「ああ、やっぱりこの時間が好きだ」と、書くことの楽しさを再確認させてくれた。

前回書いたものは、自分の経験を物語に書き換えた、ノンフィクション要素の濃い作品だったけれど、久しぶりに書き始めた作品はまっさらなフィクションで、自分の生み出したキャラクターが語る言葉に、へぇ~と感心したり、心情に寄り添って胸を痛めたりすることは、新鮮で楽しい作業だった。

書いていない時間も、その世界から意識は離れることはなく、とにかく、書き進めたくて、物語の終わりを示す「了」を打ちたくて、パソコンに向かった。その体験は、実際には、子育ての中で余裕ができたことで書けるようになったのだと思う反面、結局は、「書きたい!」という強い思いが、数年前の私には不足していたのだろう、と痛感させられる体験でもあった。

原稿用紙500枚弱の長編を、コピーして、自分で赤を入れて、改稿して、またコピーして赤を入れて、旦那さんに読んでもらって、また改稿して。

2009年。そうして書き上げた作品を、私はある新人文学賞に送った。

次回の連載は、その文学賞の結果発表のあたりから、話を進めて行こうと思う。

 

  

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<本の紹介> 「千住クレイジーボーイズ」諸星久美
『千住クレイジーボーイズ』は、かつて一世を風靡したことのある芸人、辰村恵吾(塚本高史さんが演じられています)が、千住のまちの人たちとの関わりの中で成長していく物語。ノベライズ本を書くうちに、恵吾との共通点に気づいた私は、作中に、ものを書く世界でどのように生きていきたいか、という私の想いも重ねて語っていますので、それも含めて、本を楽しんでくれたらうれしいです。

本のご購入方法は、版元であるセンジュ出版のウェブサイトにて。              

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<ドラマの紹介>

ドラマ「千住クレイジーボーイズ」【放送されました】ドラマ『千住クレイジーボーイズ』8月25日(金)19:30~ NHK総合テレビ  ウェブサイトはこちら   .  

(次回もお楽しみに。毎月1回、25日に更新予定です) =ーー

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連載バックナンバー

第1話 2017年、痺れるほどに熱い夏(2017.8.25)  
第2話 理想の母親にはなれず、もがく中で書くことに出逢う 2002年(2017.9.25)

 諸星久美さんの家族エッセイ 

TOOLS 68  子どもの情緒を安定させるアイテム <BOOK編>
TOOLS 62  子どもの情緒を安定させるアイテム <音楽編>
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TOOLS 56  子どもの危機回避力を高める4つの方法
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TOOLS 43  シンプル思考で「まずは動いてみる」
TOOLS 40  孤立に耐える、という経験が育むもの
TOOLS 36  肯定のループが育む賑やか5人家族
 

 

 


諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ)小説家、エッセイスト。1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。自費出版著書『Snowdome』を執筆し、IID世田谷ものづくり学校内「スノードーム美術館」に置いてもらうなど自ら営業活動も行う。またインディーズ文芸創作誌『Witchenkare』に寄稿したり、東京国際文芸フェスティバルで選書イベントを企画するなど「書くことが出会いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、3児の母。2017年8月25日、センジュ出版より『千住クレイジーボーイズ』ノベライズ本出版。オーディナリー編集部所属。