冷静になってみると、これまで恐ろしかったものも、実は小さくちっぽけな存在だったということに気づく瞬間が、誰にでもあるんじゃないかと思います。自分の気の持ちようで、世界をみる目って劇的にかわります。「自分を幸せにするのも、不幸にするのも自分自身」
往復書簡 ヨーロッパでの挑戦と創作をめぐる対話
第7通目「何度も読みたくなる物語とは」<後半>
鮎子さんへ
前回に引き続き、物語という表現方法の魅力についてのお話。今回は後半をお願いします。 聞き手:深井次郎 |
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物語 ー 宝の地図みたいなもの
わたしが2011年に出版した「フィオーラとふこうのまじょ」という絵本も、「影(シャドウ)」がテーマが元になっています。
絵本にできる民話がないか…といろいろな作品をあたっていたところ、イタロ・カルヴィーノの「イタリア民話集」の中に「不幸」というシシリアの昔話をみつけ、個人的にすごく共感をおぼえました。少し長いお話だったので、苦心しながら、みじかく読みやすい絵本に仕上げました。
不幸の星の運命のもとに生まれた少女フィオーラは、その原因が、「不幸の魔女」につきまとわれているからだと知り、魔女からひたすら逃げまわる果てしのない旅にでます。
八方ふさがりで絶望に打ちひしがれていたある日のこと、フィオーラは、ペペリーナという洗濯女と出会います。魔女をものともしない彼女のおかげで、フィオーラも明るさをとりもどし、「逃げずに、魔女と向かい合おう」と思うようになります。いざ決意してみると、こわかったはずの魔女が哀れになり、得意の洗濯できれいに洗ってあげよう…とすら思えるようになります。
冷静になってみると、これまで恐ろしかったものも、実は小さくちっぽけな存在だった…ということに気づく瞬間って、誰にでもあるんじゃないかと思います。自分の気の持ちようで、世界をみる目って劇的にかわります。「自分を幸せにするのも、不幸にするのも自分自身」ということを、この絵本を通して伝えられたらいいなと思いながら制作しました。
ベルリンから日本を眺めて気づいたこと
日本とメールのやりとりなどする中でときどきふと感じるのが、日本人とこちらの人の「不幸のとらえ方」のちがいです。不幸というより、未来のとらえ方といった方がいいのかも。
たとえば、仕事がら日本のクライアントさんや知り合いからメールをもらうと、「毎日暗いニュースばかり」「そちらはテロが多いが心配はないか」「イギリスのユーロ離脱の影響が心配」「自分の将来が心配」などなど、何かを ”心配”している人が多いのにおどろきます。
考えてみれば、自分も前は同じでした。先の先まで計画を立てないと落ち着かなかったり、周辺が思うように動いてくれないと、不安になったり、いらいらしたり。
それが、日本でたくさんのものを捨てて、シンプルな持ち物だけでヨーロッパで暮らすようになってから、そういう苦しさが少しずつなくなってきているのを感じています。今でも心配性なところはもちろんありますが、2日後以降くらいのことは、あまり気にならなくなりました(笑)。単に歳をとって記憶力が悪くなっているだけなのか、それとも、メキシコ人の旦那さんの楽天的な空気にすっかり染まってしまったのか。でも、ヨーロッパで生活した影響も大きいと感じています。
ベルリンには、シリアからの難民が多く暮らしています。町でももちろん見かけますし、語学学校で席を並べて勉強している友人もいます。彼らがこちらの文化に慣れようとする姿勢は、わたしたちとは比較にならないほど真剣で、ドイツ語もあっというまに習得してしまうんだそうです。「帰る場所がない」という思いが、彼らをそうさせるのでしょう。
こちらから日本を眺めれば、豊かでモノもあふれている。着ているものも、こちらの人が着ているものよりずっと新しくて綺麗だし、戦争が起こっているわけでも、テロが発生しているわけでもありません。もちろん、北朝鮮の軍事問題などは決してすておけませんし、地震や津波などの天災の恐怖は、わたしたちの体に刻みこまれています。ただ、それについて今心配しても、どうにもなりません。
こちらの人は、未来が保障されていないことを知っているから、「今を生きる」ということをきちんとやります。今の生活を幸せにするために、あらゆる議論を尽くすし、対策も迅速に講じます。仕事だって定時に… いや、定時より10分前くらいには終わりにして、自分の時間を死守しようとします。
自分の人生を生きる、とはどういうことか? それについて、真剣に考えているのが伝わってきます。
ダイアログ ー 自分自身との対話
この夏東京に帰ったとき、「自分をふりかえる時間をなかなか作れない」と感じました。活気があって、クリエイティブで、人々は意欲にあふれている。実りある情報を人とシェアしたり、与えあったり。そういう、すごくダイナミックで力強いエネルギーを感じられる一方で、受けとったものを十分に消化したり、自分とゆっくりむかいあう時間をなかなか作れないんですよね。人の流れに乗っているうち、走り続けていなくちゃいけないような、ランニングハイみたいな気分になってくる。
「影」の話にもどりますが、そんなあわただしい生活の中でめばえた小さなこだわりや欲を、生活に必要ないものとして切り捨てたり、押しつぶそうとするのは簡単です。でも、一時的に蓋をするのは、解決することとはちがいます。
それよりは、自分自身と対話すること、ダイアログを大切にすること。弱く小さな声を聞くのに、心に余白を作っておくのはとても大事なことだと思います。
人によって、いろんなやり方があるでしょう。わたしの友人は、休日に鎌倉へいって、禅寺で座禅を組んで帰ってきます。スポーツをするのでもいいし、山登りにいくのもいいかもしれない。目的をもたずにぶらぶらと歩きまわったり、静かなカフェでおいしいお茶をゆっくり飲むのもいいかもしれません。日本人は本来、そういう時間を作るのが得意な人が多いんじゃないかと思います。
本を読むのも、もちろんいい方法です。わたしは断然、物語を読むことをおすすめします。実用書や教科書ではなく、ぴんときて手に取った一冊の物語を、じっくり時間をとって読む。すごくぜいたくな時間の使い方だと思います。
ぜひ、ゆっくり自分の影を味わいながら読んでみてほしいな、と思います。
<新刊発売のお知らせ>
「はだかのおうさま」 たなか鮎子ブログ 「はだかのおうさま」が名作シリーズ絵本として発売されました」 |
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たなか鮎子さんがおすすめする 「自分自身との対話がテーマの児童文学」9冊 心理的に自分と重ねられるキャラクター 「影」を感じながら、大人の皆さんも読んでみて。 |
「ゲド戦記 1 影との戦い」
アーシュラ・K・ル=グウィン 著
少年ゲドは、自分に不思議な力がそなわっているのを知り、真の魔法を学ぶためローク学院に入る。進歩は早かった。
「ゲド戦記 2 こわれた腕環」
アーシュラ・K・ル=グウィン 著
青年ゲドは、平和をもたらす腕環を求めて墓所へおもむき、地下迷宮を守る巫女の少女アルハと出会う。
「ヴォイス 西のはての年代記Ⅱ」
アーシュラ・K・ル=グウィン 著
文字を邪悪なものとする禁書の地で、少女メマーは館に本が隠されていることを知り、当主からひそかに教育を受ける 。
「クラバート」
オトフリート=プロイスラー 著
浮浪生活をしていたクラバートは、奇妙な夢に従ってカラスとなり、親方から魔法を習うことになる。
「飛ぶ教室」
エーリッヒ=ケストナー 著
個性ゆたかな少年たちそれぞれの悩み、悲しみ、そしてあこがれ。寄宿学校に涙と笑いのクリスマスがやってくる。
「クリスマス・キャロル」
ディケンズ 著、 村岡 花子 訳
ケチで冷酷で人間嫌いのスクルージ老人は、クリスマスの夜、亡霊と対面し心を入れ替えていく。
「モチモチの木」
斎藤 隆介 著、 滝平 二郎 絵
豆太は、夜中にひとりでおしっこにもいけない弱虫。でも、大好きなじさまのために勇気を出す。
「蒼路の旅人」守り人シリーズ
上橋 菜穂子 著
成長したチャグム皇太子は、祖父を助けるために、罠と知りつつ大海原に飛びだしていく。
「罪と罰」
ドストエフスキー 著
貧しい大学生ラスコーリニコフは、強欲非道な高利貸の老婆を殺害しようと企てるが、偶然その場に来合せたその妹まで殺してしまう。
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ユング心理学をもっと知るための2冊 |
「昔話の深層ーユング心理学とグリム童話」
河合隼雄 著
ユング心理学では神話や物語を人の想像力や心理傾向を分析するものとして重視します。世界の人々の心に広く深く根付いているグリム童話の登場人物を元型(アーケタイプ)に分類しつつ、ユングの思想を解説する興味深い一冊です。
「ユング心理学入門」
河合隼雄 著
ユングとフロイトの違いから、シャドウ、ペルソナなどの元型(アーケタイプ)、物語や神話との関わりまで、ユングの思想とユング心理学の基本的な考えが分かりやすく解説された良書です。
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「どの物語を読んだらいいか」 迷った時に役立つ2つのサイト |
上記の他にもたくさんオススメしたい物語があるのですが…。きりがないので、そのかわりに「どの物語を読んだらいいか」迷った時に役立つサイトをふたつ、オススメします!
松岡正剛 「千夜千冊」
ご存知の方も多いと思いますが、伝説的編集者・松岡正剛さんの書評サイトです。物語だけでなく、哲学から科学、その他専門書まで、ありとあらゆる分野の本が取り上げられています。すでに千冊以上の本が紹介されており、一覧から探すのは大変なので、「これは」と思う本のタイトルを決めてから検索するといいと思います。
立宮翔太「文学どうでしょう」
文学に特化した書評ブログ。一般の方のようですが、数多くの物語がきちんと紹介されていて、とても参考になります。立ち位置も公平かつカジュアルで、文学オタク特有の鬼気迫る怖さがなく、安心して読むことができます(笑)。私と好きな本の趣味が似ていて勝手に親しみを感じており、メッセージかコメントを残そうと苦心しているのですが、アメブロのアカウントがないと残念ながら無理のようです。
連載「かどを曲がるたびに」とは
「こちらロンドンは、角を曲がるたびに刺激があふれています」絵本作家たなか鮎子さんは2013年冬、東京からアートマーケットの中心ロンドンに活動拠点を移しました(2016年現在はベルリン在住)。目的は、世界中にもっと作品を届けるため。42歳からロンドン芸術大学大学院(著名アーティストやデザイナー、クリエイターを多く輩出している)で学んだり、ファイティングポーズをとりながらも、おそるおそる夢への足がかりをつかんでいく。そんな作家生活や考えていることをリポートします。「鮎子さん、まがり角の向こうには何が待っていましたか?」オーディナリー発行人、深井次郎からの質問にゆるゆると答えてくれる往復書簡エッセイ。 |
連載バックナンバー
第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」(2014.3.5)
第2通目 「創作がはかどる環境とは」(2014.9.29)
第3通目 「新しい自分になるための学びについて」 (前半)(2014.12.20)
第4通目 「新しい自分になるための学びについて」 (後半)(2015.3.9)
第5通目 「40代のロンドン留学で変わったいくつかのこと」(2016.5.7)
第6通目 「何度も読みたくなる物語とは」(前半)(2016.10.22)
特別インタビュー
PEOPLE 05 たなか鮎子「きのう読んだ物語を話すような社会に」(2013.12.31)