すごく惹かれる登場人物と出会ったとき、もうひとりの自分をみつけたような、自分の影をみるような気持ちになることがあります。誰にでもあることだと思いますが、物語を読んでいてい魅かれるのはだいたい、何かしら暗い側面をもつ人物じゃないですか?
往復書簡 ヨーロッパでの挑戦と創作をめぐる対話
第6通目 「何度も読みたくなる物語とは」<前半>
鮎子さんへ
鮎子さんの絵本には、伝えたいメッセージがはっきりあるのではないかなぁと感じます。それをストレートにことばで伝えることもできると思うのですが、なぜ物語という表現方法を選んでいるのでしょう。物語の魅力とは。 何度も読みたくなる物語にはなにがあるのか、そのあたりについて考えていることを教えてもらえますか。 聞き手:深井次郎(ORDINARY発行人) |
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ロンドンからベルリンに引っ越してきて、なんともう一年近くになります。こちらの人は皆とても親切で、地に足のついた素朴な生活と、家族や友人との時間を大切にしている、そんな印象です。東京のライブ感あふれる空気とちがって、とてもおだやかな時間の流れ方。カフェもレストランは覗けばたいてい空き席があるし、図書館や公園にもなごやかな雰囲気が流れています。ちゃんとルールはあるけど、人々はその範囲で、楽にのびのび暮らしている感じです。
はずかしながら、ドイツ語はまだ全然勉強できていません。去年まで、ロンドンで怒涛の「英語浴びる生活」を送っていたので、しばらく語学の勉強はこりごり。それよりも今は、イラストの仕事と新しい作品の制作にできるだけ時間を使いたい!というモードです。
ただ、街をぶらぶら歩いたり、小旅行にでかけるだけで、ドイツの民話っぽい風景や人々にじかに触れることができるのは、わたしのような仕事をする者にとってはすごく大きなこと。この夏は、東京から遊びにきた弟たちと一緒に、ベルリン周辺の村や町にも足をのばしました。ドレスデンやポーランド国境では、ドイツの児童文学作家・プロイスラーの「クラバート」の舞台になった地方にもいきましたし、「魔女伝説」で有名なヴェルニゲローデという村では、古城や木枠の家々をみてまわりました。
実は今この原稿を書いているのも、ミュンヘンへ向かう電車の中。ながーいあいだ憧れだったオクトーバーフェストへ向かっているところ…ではなくて、本当はミュンヘン国際子ども図書館という機関の研究プログラムのことでいくんですが、ついついビールの誘惑が…。
話がズレてしまいそうなので、お題にもどります。
物語。わたしが大大、大好きなものです。子供の頃から好きで、ずっとお話を読んだり空想したり絵を描いたりしているうちに大人になって、仕事になって、大学院の研究テーマにもなっちゃいました。
なので、「なぜ物語という表現方法を?」と聞かれると、「好きだから」と答えるしかないのですが、それではエッセイがあっというまに終わってしまう。またビールの話にもどりそうなので、わたしなりに物語の魅力とは何か、考えてみようと思います。
物語 ー 宝の地図みたいなもの
いつも思うのは、なにかをすこし深く知りたい、または逆に伝えたいと思ったとき、物語ほど有効なコミュニケーションツールはない、ということです。たとえば知らない誰かの小さなエピソードでも、物語として語られると、理解も共感も倍になりますよね。わたしたち人間には、とてもゆたかな想像力ーー他人の体験を自分のことのように感じられる能力が備わっています。
人間の想像力の豊かさってすごいなあ…と、わたしは心底思うんです。想像力さえ働かせれば、わたしたちの世界は宇宙の規模に広がります。宇宙の星には森があるかもしれないし、森のとなりの町には家があって、そのドアのむこうの階段の下の地下室には、なんか変な生き物が隠れているかもしれません。なんかワクワクしますよね。しかも、誰の迷惑にもならない上に、お金もかからない。車にぶつかったりしないように、外ではちょっと気をつけなくちゃいけませんが。
こんな風に、私にとって「物語」とは、どこか知らない世界を歩く体験です。小説や昔ばなしの本は、宝の地図みたいなもの。暗号の読み方によって、見つかるものも、旅の道すじもちがってきます。
宝探しとか謎解きって、楽しいですよね。答えって、与えてもらうより、自分で探してみつける方が喜びが大きい気がします。それに、苦労してみつけたものは、ずっと大事にとっておきたくなるものです。
物語 ー 自分の影のようなもの
みつかるのは、モノだけではありません。すごく惹かれる登場人物と出会ったとき、わたしは、もうひとりの自分をみつけたような、自分の影をみるような気持ちになることがあります。誰にでもあることだと思いますが、物語を読んでいてい魅かれるのはだいたい、悪役とか殺人鬼とか、いじめられっ子とかひねくれた奴とか、何かしら暗い側面をもつ人物じゃないですか?
「影」って不気味で、暗くて、でも自分から決してはなれることなく後ろについてくるものですよね。20世紀初頭の心理学者ユングが人の無意識を「影(シャドウ)」と呼んだのは、有名な話です。普段、社会でスポットライトをあびて、コントロールしながら理性的に生きているのが自分の「意識」だとすると、そのうしろに薄く暗く伸びているのが「無意識」の影、というわけです。
醜い一面、ずるくて臆病な自分。逆に、どうせ実現不可能だからとあきらめたり、あえて忘れてしまったりした夢や欲望。誰にだって、かならずそういう一面があるのに、わたしたちはそういうものを、普段あまり積極的に表に出したいとは思いません。すべてが分業化され、システムの一部として生きるわたしたち現代人はとくに、自分のアイデンティティを見失いがちです。
ユングは、そういう自分の無意識と向かい合い、認めてあげることが、現代社会に生きるわたしたちにとって、とても大切なことだ、といっています。「自分はくだらないことにこだわるダメ人間だ」「正しく生きなければ」と、無理に抑えこもうとすると、余計に影が濃くなる、というのです。
東洋の思想に強い影響を受けていたユングは、「陰陽思想」にあるように、明るさと暗さ、両方の傾向をバランスよく取りこむことが大事だと考えていました。生と死が自然界の均衡を維持するように、自分自身の精神バランスも、負の部分をうまく取りこむことで維持できると信じていました。あまり影が強くならないうちならば、という条件つきですが。
「ゲド戦記」との出会い
わたしが子どものころ一番影響をうけたのが、「ゲド戦記」という冒険もののシリーズです。
魔法使いとしての才能にあふれた傲慢な少年ゲドは、自分の力の使い方を誤り、邪悪な影を世に放ってしまいます。そのおとしまえをつける旅で、不気味な影に追われ追いかけながら、彼は精神的に大きく成長していきます。
「ゲド戦記 1 影との戦い」「ゲド戦記 2 こわれた腕環」アーシュラ・K・ル=グウィン
クライマックスで、主人公のゲドが影と対面する瞬間を読んだときの感覚は、今も忘れられません。ネタバレになるのであまり話せませんが、とにかく「生きることって、自分の影をさがす旅なんだ!」と子供心に悟った瞬間でした。わたし自身ひねくれたところのある子供だったし、転校をくりかえしたせいか「根無し草」という意識も強く、自分が他人とズレている、社会からちょっと外れている…という感覚がつねにありました。
でも、この物語を読んで以来、他者とどうつきあうかの前に、自分自身とどうつきあうかが一番大切なことだ、それをちゃんとやっている以上は、どこへいっても大丈夫だ… と思えるようになりました。
いい友人はいつもそばにいてくれましたが、グループの中にいなくても平気になりましたし、集団の流れや意見からも距離を置くようになりました。また、年齢が上でも下でも、人間としては対等だと思うようになったかも。なので、相手が教師でも、言っていることが理不尽だったり、威圧的な態度だったりする人には従いませんでした。「生意気だ」と先生に言われたこともよくありました。
自分の時間をいっそう大事にするようになり、空想したり読書をしたり、自分でも物語を作るようになったり。一人でいるのが楽しい、ということがわかったので、人とちがうことがあまり気にならなくなりました。〈次回、後半へ続く〉
<新刊発売のお知らせ>
「はだかのおうさま」
立原 えりか 著、 西本 鶏介 監修、 たなか 鮎子 絵 (フレーベル館 )
2014年に定期購買のソフトカバー本として出版された「はだかのおうさま」が、創業110年のフレーベル館から発行される12冊の名作絵本シリーズ「ひきだしのなかの名作」の一冊として、ハードカバー版でうまれかわりました。以前は保育園や幼稚園で定期購買しているお子さんにしか手に取っていただけなかったのですが、今回は市販本ということで、全国の書店やAmazon でも気軽にご購入いただけます。ぜひお手に取っていただけたら幸いです。
たなか鮎子ブログ 「はだかのおうさま」が名作シリーズ絵本として発売されました」
たなか鮎子ウエブサイト「はだかのおうさま」
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ベルリン暮らしも2年目。日々の写真お見せします
連載「かどを曲がるたびに」とは
「こちらロンドンは、角を曲がるたびに刺激があふれています」絵本作家たなか鮎子さんは2013年冬、東京からアートマーケットの中心ロンドンに活動拠点を移しました(2016年現在はベルリン在住)。目的は、世界中にもっと作品を届けるため。42歳からロンドン芸術大学大学院(著名アーティストやデザイナー、クリエイターを多く輩出している)で学んだり、ファイティングポーズをとりながらも、おそるおそる夢への足がかりをつかんでいく。そんな作家生活や考えていることをリポートします。「鮎子さん、まがり角の向こうには何が待っていましたか?」オーディナリー発行人、深井次郎からの質問にゆるゆると答えてくれる往復書簡エッセイ。 |
連載バックナンバー
第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」(2014.3.5)
第2通目 「創作がはかどる環境とは」(2014.9.29)
第3通目 「新しい自分になるための学びについて」 (前半)」(2014.12.20)
第4通目 「新しい自分になるための学びについて」 (後半)」(2015.3.9)
第5通目 「40代のロンドン留学で変わったいくつかのこと」(2016.5.7)
特別インタビュー
PEOPLE 05 たなか鮎子「きのう読んだ物語を話すような社会に」(2013.12.31)