面倒な映画帖25「乱気流 タービュランス」脱ダメ女シミュレーション

面倒な映画帖 タラップを降りるテリーはジョン・ウェインのような表情をしていた。一部始終を見ていた私も彼女の感情の嵐に巻き込まれ、ついでに心の整理ができてしまった。

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モトカワマリコの面倒な映画帖 とは 

映画ならたくさん観ている。多分1万本くらい。いろんなジャンルがあるけど、好きなのは大人の迷子が出てくる映画。主人公は大体どん底で、迷い、途方にくれている。ひょっとしたらこれといったストーリーもなかったり。でも、こういう映画を見終わると、元気が湧いてくる。それは、トモダチと夜通し話した朝のように、クタクタだけど爽快、あの感覚と似ている。面倒だけど愛しい、そういう映画を語るエッセイです。

 面倒な映画帖25「乱気流 タービュランス」
乱気流 タービュランス

脱ダメ女シミュレーション

DVDジャケット写真からして、どういう客層を狙っているのか謎だが、映画としてはよくあるプログラム作品で、気合いの入ったものではない。評価も高くはないけれど、関係ないのだ、ある時ある映画が誰かに役立つことってあるんだもの。

堂々の娯楽作、でもなんだか勇気をもらえる

今年は立て続けに台風が発生し、大変な夏になってしまった。衛星写真で雲の巨大な渦巻きを見ると、こんなところに飛行機で突っ込んだらどうなるかと想像するだに恐ろしい。この作品「乱気流 タービュランス」は、乱気流でパニック×飛行機で密室犯罪×シリアルキラー×美女の悲鳴=ストレス発散の法則。台風の時に飛行機を飛ばして、凶悪犯を2人も護送なんて、危ないに決まってるよね~。

ヒロイン、フライトアテンダントのテリーは乗客の少ないクリスマスの国内便ジャンボジェットに搭乗する。その便には凶悪犯が2人も警官と同乗してくることになっている。テリーはひとでなし暴力男と離婚して気落ちしているが、エメラルドグリーンの潤んだ瞳にブロンドの美人で、ハードボイルド映画だったら、売れない女優でギャングの愛人とか、富豪の若い妻でしばしばDVで顔に青あざ・・・そういう役がはまりそうな薄幸タイプ。略奪婚をしたり、離婚再婚を繰り返す迷える美人女優ローレン・ホリーにしたら、ぴったりのイメージだ。

なんてことないパニック映画だけど、依存体質のヒロインが地獄に落ちて、そこから這い上がって再生する過程を追う作品として興味がもてる。前半はやられ放題で、悪人に殴られ、怯えて逃げ回り、ただただ哀れで情けない。頼りになる男性を探して、誰でもいいから助けてもらおうと必死になり、また間違った男を選ぶ。甘い言葉が巧みなシリアルキラーのライアンさえ無理やり信じようとする。危いよ!そいつを信じちゃだめよう!女性観客は彼女に感情移入しながら、NOと言えない女の恐怖を追体験することになる。

頭ではダメとわかっているのにNOと言えない

何も男女のことに限らず、私は誰かにNOというのが苦手だ。何事も自分ができることは自分で、できないことや嫌な事は断れるのが健全な人間関係だ。自立(強さ)と依頼(かわいげ)のバランスをとってしなやかに生きていきたいと思う。でも相手が強引な場合「できない」というには勇気がいる。NOというと「じゃあ、さよなら」と離れていく気がするし、ご機嫌を損ねるのはなんか怖い、そう思ったら依存の始まりかもしれない。必要な時にNOと言えるようになるには、それで消える関係はいらないという覚悟と、パワハラっぽい理不尽な関係性がなくても生きていける裏付けになる自信が必要だとつくづく思う。

独立したての頃、知人が仕事を振ってくれた、その話を旧知のSさんにしたら「よほど予算がない安い仕事だろう。」という。ちゃんと予算が付く仕事なら私になんて振るわけがないと決めつけている。経験がないからとSさんがくれる仕事は相場より安くてしばしば不払いになる案件ばかり。どうせ安いとなじられた新しい仕事は気概のあるベンチャーの経営者が「一緒にがんばろう」とシェアしてくれた仕事で、相場より高額だったし、先へつながるチャンスになった。Sさんか、新しい仲間か、それはもう考えるまでもない。

でもSさんには恩があった。駆け出しなのに仕事をくれた人だし、厳しい評価には何かしら意味があったかもしれない。でも接触すると卑屈スイッチが入り、Sさんの評価が気になって、自分の適性な市場価値がわからなくなるのだ。これからライターの市場に入っていくのに、バリューを下げる仕事をしたくない。もう次は断ろうかな、大いに悩んでいた。

偶然観た本作は神の啓示のようだった。

凶悪犯は2人、強盗犯が機内で暴れて警官と乗客を殺害し、操縦士も副操縦士も撃ち殺してしまう。犯人の座席担当だったテリーも殺されそうになったところで、シリアルキラーのライアンが強盗犯を撃ち殺し、急場を救う。ライアンはあたりも柔らかく、甘いマスクのレイ・リオッタが演じているだけに、王子様のように見える。でも正体は数人の女性をレイプして殺した凶悪犯、テリーは知らない上、説得されて彼の無実まで信じる。ライアンもまだ本性を出さない。そんな時操縦士がいないジャンボジェット機は乱気流に突っ込み、非常事態に陥る。

次第に正体が明らかになるライアンは「まずは鳥から初めて、猫に移行し、最後は女を殺れるようになった」と自慢げに語る。そして自動操縦装置を壊し、飛行機ごとLAに落ちてもろとも自殺しようとしていることがわかる。ひどい男と離婚して、犯罪者に殴られ、目の前で同僚を殺されて、飛行機は台風の中に突っ込む、操縦室の外には殺人鬼が迫っていて、ドアを壊して自分をなぶり殺そうとしている・・・そこまで追い詰められてやっと、テリーは誰かの助けを待つのをやめ、自分でやる気になった。人が変わったような権幕で「怒り」が噴出し「どうせ撃てやしない」とあざ笑うライアンを撃ち殺す。やった!ついに勝った!暴力を褒めてはいけないけれど、この流れではそうじゃないと先へすすめない、映画も、彼女の人生も。

しかし、試練はさらに続く。飛行機の外では非情にも当局の差し金でLA上空に墜落して大惨事にならないようにと戦闘機が追撃しようとしている。彼女をないがしろにするのは、男たちだけじゃない、政府までもだ。当局の判断は間違っていないんだろうけど、テリーにしたら大事な自分の命の問題だ、当然彼女は管制塔に訴える。

「大勢の命を犠牲にしないために、私を見捨てるのね。そんなの嫌よ。私はこれを着陸させてみせる、チャンスをちょうだい、」

しかし時すでに遅く、F戦闘機は命令でミサイルを発射、あんなにがんばったのに、しかもたかが映画なのに、彼女を殺す気なの!でもジェット機のパイロットはいい男だった。しれっと命中させなかったのだ。パイロットはギリギリまで迷って着陸させると宣言したテリーの覚悟に賭けた。もう1人、操縦指導をしていた会社のパイロットも当局に逆らって彼女に手を貸し、女性管制官などの味方を得てLAの空港に無事ジェット機を着陸させる。

強い相手に押し切られてばかりの自信のない弱い人間が、初めて自分で決断して成功したことが人殺しというのは凄まじすぎるけれど、自分を押し殺して人のいいなりになってきた人はそのくらいのショッキングな刺激がないと、目が醒めない。操縦不能な旅客機で嵐に突っ込み、シリアルキラーに命を狙われ、空軍のF型戦闘機に爆破されそうになる…くらい嵐のような洗礼が必要だった。タラップを降りるテリーはジョン・ウェインのような表情をしていた。一部始終を見ていた私も彼女の感情の嵐にまきこまれ、ついでに心の整理ができてしまった。

「turbulence」には激情の意味もある。時にはちゃんと怒ろう、声を出して泣くのもいいと思う。どこでも思うことを言うもんじゃないけれど、表に出さないまでも心の状態はごまかさずに受けて止めていたいと思う。そうしないと元々持っている危険センサーが麻痺してしまう。何かで迷ったとき、健康な感情はかなりの確率で正しい。大人の事情やお金ではYESでも、感情のNOは大事にした方がいいなとこの頃思う。

 


モトカワマリコ

モトカワマリコ

フリーランスライター・エディター 産業広告のコピーライターを経て、月刊誌で映画評、インタビュー記事を担当。活動をウェブに移し、子育て&キッズサイトの企画運営に10年近く携わる。現在は、ウェブサイト、月刊誌プレジデントウーマンでライターとして、文化放送で朝のニュース番組の構成作家としても活動。趣味は映画と声楽。二児の母。