【第207話】失くしたものから立ち直る方法。書くことは前に進むことなのです。 / 深井次郎エッセイ

ひとりで抱え込まないほうがいいよ

いま公開すべきでないから
消えたのかもしれない
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「うそだろ…」

書いていたエッセイの原稿が消えました。iMacが急にバツンと落ちたのです。今日アップ予定だった5千字。もうあとはタイトルと写真を選ぶだけ、という状態でした。

3年に一度くらい、こういう事故があります。プロとしてはあるまじき、油断して保存していませんでした。どうにか復元できないか、検索してみましたがどうにも無理みたい。 トラブルが起きたときは、まず落ち着くこと。

そういえば今日は15時まで何も食べずに集中していたので、まずは食事にでもしようと。嘆いても、あの原稿は戻って来ないのです。 キャベツを切って、ウインナーを焼き、タマゴを割ってオムレツも。オムレツには、マヨネーズを入れるのがふわふわにするコツです。そういえばダメになりそうなモヤシがあったので、これも使ってしまわないと、と炒めます。これらをワンプートに盛りつけ、自分の料理スキルを褒めました。

「よし、どこかのホテルの世界一の朝食みたいだ」

ショックなことがあると、そのことばかり考えて悲嘆にくれてしまいがち。何もする気が起きず引きこもってしまいます。なので、無理矢理にでも忙しくして意識をそらすというのは、立ち直りのプロセスにおいて効果があります。

「どんな時でも、ランチには一時間とって美味しいものを食べると毎日が充実する」と武谷さんも書いています。それに習って食事に1時間とったら、もう16時。ひゃー、今日は、夜にイベントがあります。あと60分でエッセイを公開してしないといけない。

さてどうするか。保存をしていなかった自分を責めても、落ちたiMacを責めてもいまは仕方ない。やってしまったものは戻らない。

【選択肢は3つ】
1.   消えてしまった原稿を思い出し、同じ話を書く
2.  まったく別の原稿を書く
3.  今回の失敗について書く

どれでもいいと思いましたが、こういうときは、ぼくはいつも神さまに相談します。3年に一度しか起きないこの悲劇を、なぜいま、この原稿で起こしたのか。原稿が消えたのは、何の意味があるのか。

神さまは、100%まるまる愛にあふれているはずです。神様は、それぞれの人にマイナスになるような出来事は、起こしません。「ちょっといじめてやろうかな」とか、そんなイジワルなことはしないものです。何かメッセージがあるはず。だとしたら、何だろう。

・その原稿を、いま公開しない方が良い
・もう一回書き直した方がいいよ。ずっと良いものになるから
・このままいくとそのうち大けがするから気をつけなさいという警告  

おそらく、この3つのことをぼくに言わんとしているんだろうと解釈しました。 目の前のiMacには「予期せぬ理由で終了しました」と表示されています。

「そうか、おまえさんも予期できなかったんだね。まあ、だれにでもあるよ。自分が一番びっくりしてるんだろうね」

おまえさんは悪くないよ、とOKボタンを押しました。

さて、真っ白の画面に向き直し、ガシガシとキーボードを叩き始めます。 消えてしまった原稿は、きっといま公開すべきタイミングではなかったのでしょう。しかし、まったく新しい話を時間がない中で書くのは難しいので、今回は最後の手段。今回のこの失敗談自体を書いてしまおうと、そういうことになりました。

書き手が思いがけず大事な原稿を消してしまった場合、どういう行動をとるのか。それを紹介すると共に、ああ、自分も気をつけようと思ってもらえたら、幸いです。

はい、ここまで書いた所でタイムリミット。今夜のイベントは、ぼくが幹事なので、遅れるわけにはいきません。

日々生きていると、だれしも思いがけない悲劇に直面します。まず、怒り、嘆き、あきらめ、受け入れ、共有する、そして前に進もうとするのです。この立ち直りのプロセスで重要なのは、最後の共有するところ。自分ひとりで抱えないようにすることです。だれかに話を聞いてもらうと溜まっていたものがスッキリし、心の痛みが癒えてきますよね。

逃した魚は大きくて、そこにかかった2日分の労力と執筆時間を思うとため息は出ますが、今これを書いてるうちに、少しずつスッキリ立ち直ってきました。 もちろん、消えた内容も忘れないように、要点だけはメモしておき、またいつかしかるべき時が来たら書きます。 原稿が消えたら、そのことを書いてしまう。

そうやって文筆家は、失敗があっても書くことで消化し、癒していくのです。書くことは、前に進むこと。くよくよを振り払い、生きていくために書いているのです。

(約1811字)
PHOTO : Damian Bere


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。