【第149話】老人が粒を投げ入れた / 深井次郎エッセイ

「ボケてない。これが美味しいんだよ」

「これが美味しいんだよ」 「ほんとに?」

変わった意見も
聞いてあげよう。決めつけそうになったら

 

「うちのばあちゃんはボケちゃって」そんな話をご近所さんにしてまわっている人がいる。本人が聞いたら、悲しむんじゃないかな。自分のことをボケた、ボケたと言われたら、そりゃボケてなくても不安になってくる。病は気から。暗示がかかってしまてはいけない。本当にボケてしまったら、どうするのだ。

あるおうちの話。「おばあちゃんが、いよいよボケてしまった」と奥さんは言う。どうやらおばあちゃんがトイレの貯水タンクに、入歯洗浄剤を入れだしたというのだ。
「ばあちゃん、これは入歯を綺麗にするポリデントだからね」
タンクに入れちゃダメよ、こっちでしょと本来の入歯ケースに入れるように言っても、
「いいや、こっちでいいんだ。わたしはボケてない」
何度もくり返すそうなのです。

家族の留守を見計らっては、トイレにポリデントを入れてしまう。それで、ああ、いよいよボケてしまったと、役所から介護福祉士を呼んで相談したんです。すると訪問してきた介護福祉士は、おばあちゃんと何やら話が盛り上がっているようです。介護福祉士がトイレを借りたあと、「おばちゃん、トイレが綺麗ね」という話しになった。すると、「そう、ポリデント入れてるからね。あれは効くのよ」とはっきりと明晰に話しだした。ポリデントは、あの青いトイレ用の洗浄材よりも効き目があって、汚れがつきにくい。しかも、ランニングコストも安いのだ。そんな説明をしてくれた。

そう、ぜんぜんボケてなんかない。ただの「おばあちゃんの知恵袋」だったのだ。家族はおばあちゃんの発明を頭ごなしに否定して、いつも忙しくして、聞く耳をもってくれなかった。そしてボケたと決めつけていた。病気ではない、コミュニケーションの問題だったのだ。

自分と違うことをすることを許さない。クリエイティブなアイディアを「ありえない」と頭ごなしに否定する。あいつはバカだと決めつけられる。そんな環境では、だれだって会話もしたくなくなります。あいつはバカだと、決めつけそうになったら、ちゃんと話を聞いて、理解しようとしたいものです。納得のいく回答が得られるかもしれません。クリエイターを孤独にしない、つぶさない職場を増やしたいなあ。

 

(約882字)

Photo: Scott Beale


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。