【第138話】大義のための小さなウソ / 深井次郎エッセイ

「最初の扉をこじあけるのよ」

「最初の扉をこじあけるのよ」

弱者が
最初のチャンスをつかむためには

ワラをも掴もう
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大義のための小さなウソは、神様は大目に見てくれるのではないか。そういう考えを持っています。映画の巨匠スピルバーグにも学生時代に無許可で撮影スタジオに潜ったエピソードがあります。どうしても映画監督になりたくて、仕事をしたかったけど、どこも「経験者のみ」しか制作スタッフの募集をしていませんでした。

未経験のいち学生が応募したところで、正面玄関からは採用されないことは明らかです。しかし、スピルバーグは諦めず、とにかく直接、撮影スタジオに行ってみたのです。遠目から観察していると、どうやら関係者入り口があって、そこにスーツを着た重役のような人たちが出入りしています。彼らは特に入館証もチェックされずに、「おつかれさま!」と守衛さんに一声かけるだけで通っていたのです。スピルバーグは「これだ!」と閃いた。彼はお父さんのスーツを借りて、スタジオに向かいました。関係者入り口で、重役っぽく「おつかれ!」とあいさつをしたら、中に潜り込むことができたのです。こうやって毎日通うことで、守衛さんに顔を覚えてもらい、私服でも顔パスで入ることができるようになりました。スタジオ内に入ってしまえば、いろんな会社の人やフリーランスの人も雑多にいるので、知らない人がウロウロしていても浮きません。そんな環境で毎日ウロウロして現場を見学して勉強したのです。そしてついにあるとき、「だれか脚本書ける人を探してるんだけど」という話になり、「ぼく書けますよ」と名乗り出て、そこからキャリアが始まったのです。

大きな夢のための小さなウソ。そこから人生がひらけていくエピソードは至るところにあります。もちろん、「スピルバーグは不法侵入で犯罪者だ」と糾弾することもできます。でも、だれもそうはしません。彼のウソは、多くの人に喜ばれる映画をつくりたいという志のためだったからです。分厚い壁を突破するために、彼にはそのウソがどうしても必要だったのです。

同じく思い出したのが、アメリカの有名映画俳優のエピソードです。彼は下積み時代オーディションに落ち続けていました。未経験者でも受けられるオーディションは全部受けた。それでも1つも役をもらえませんでした。もう受けるオーディションがなくなった彼は、映画に出演経験のある俳優のみが受けられるオーディションにも、チャンスを求めたのです。もちろん彼は未経験でしたので、受ける資格はありません。そこで履歴書に経歴詐称をしたのです。過去に一作だけ映画に出演経験があることにしたのです。面接で、その映画についていろいろ突っ込まれましたが、なんとかバレずにすみました。そこで運良く、役のイメージにぴったりと言うことで実力で合格したのです。その映画出演をきっかけに彼のキャリアがひらけていきました。その当時のことをずっと黙っていて、ベテラン俳優になったときにインタビューでようやく告白したのです。
「もう時効だから告白するけど、実はウソをついたんだ。誰も観ていないマニアックな映画だったからバレなかったよ」と笑っていました。

弱者が最初のチャンスをつかむためには、わらをもつかむハングリーさが必要です。「ウソをついてはいけません」もちろんこれに異論はありませんが、小さなウソが許される場面もあってほしいと思います。

 

(約1325字)

Photo: Rosino 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。