【第086話】ファッションが支配する脳内メモリ

「道なき道を進むのだ」「やっぱり動きやすい服がいいね」

「道なき道を進むのだ」 「いまは動きやすい服がいいね」


 

ごめんなさい
いまは垢抜けないおじさんを
尊敬しています

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順調におっさん化していっています。なぜおじさんは外見に気を使わないのだろう。平日はヨレヨレのスーツに身を包み、休日はスウェット。自分には考えられないし、絶対にそうはならない自信がある。そんなことをあの頃、二十歳のぼくは友人と話しておりました。外見やファッションに対する考え方は、経験とともに変わるものですね。年とともにどんどん重要度は下がり、いまは「ほぼ考えていない」という位置まで下落しています。二十歳の頃、「お洒落はやせ我慢」と言っていたのが、いまは「着て楽なのが最高」。歩きにくい革靴より、いつでも走れるスニーカー。汚れても落ちやすく、汗の乾きも速い、というような機能性に志向がいっています。とにかくシンプルで体型に合っていて、相手に不愉快な思いをさせない程度の服であればなんでもいい。9割がた無地Tシャツにジーンズしか着ていません。たまに襟付きのシャツを着ていくと、「今日は何か固いプレゼンでもあったの?」と言われる始末。34歳、ついにこのシンプル極まるスタイルに落ち着いてしまいました。

カッコいい人って、どんな格好でもカッコいいですね。ファッションでカッコいい男といえば、本田。サッカーではなくあのホンダの、宗一郎さんですけど、男は見た目じゃないなと、年をとるごとにわかってくるものです。その人が何を目指し、どんな行動をしているか。より本質をみるようになります。そして、人生は短い。時間は有限、と知るのです。

本田宗一郎さんは、いつも作業着(白のつなぎ)で有名でした。大臣に会う時でさえ作業着。「うちは作業着が正装なんだ」と言っていた。そんな逸話がありますが、きっと直前まで仕事に没頭してて着替える間もなく出かけたのではないでしょうか。天皇の前でさえ、ふらっと作業着で賞を受賞しにいこうとして、「オヤジさん、天皇はさすがにまずいっす」と社員に止められ強引にスーツを着させられました。

スティーブ•ジョブズも、いつも同じスタイルでした。それは仕事と関係ないものに余計な脳内メモリーを使わないためだと聞いたことがあります。服選びは、彼にとって重要なことではなかったのでしょう。重要でないものは、ルーティンにして考えないような仕組みにしていたようです。「今日は何着ていこう」「どんな髪型にしよう」と悩むのは時間の無駄、もっと自分のやるべき大事なことがあるということです。なるほど、そういう考えもあるのか、と。こんな偉人と自分を重ねるつもりは全然ないのです。でも、純粋に男として、本田さんかっけーと憧れるわけです。モデルやタレント、アパレル業界やデザイナーだったら見た目をお洒落にするのが仕事のうちですが、物書きは見た目は関係ありません。年々、外見に脳内メモリーを使うことはしないようになりました。

無地でシンプルがいい理由は、いつも同じ服を着ててもばれにくいということ(まあ、バレるけど)。あとは、自分よりも服のブランド名が目立ってしまってはつまらないからです。本当はメーカーのロゴがバシッと入っているのも嫌なんです。シンプルに無地にしてもらえないものでしょうか。夏は、ほぼ無地Tシャツ短パンなので、せっかくだったら自分でオリジナル服をつくってしまって、ある種の制服としてそれだけ着ていようかなと今年は目論んでいます。いつも人前に出るときも作務衣とか白衣スタイルの人がいますけど、いっそそういうコスチュームも楽だなと思っています。

二十歳の自分が軽蔑していたおじさんたち。自分の服のことなど後回しの企業戦士のお父さんたち。彼らは、子どもやローンや仕事のことで頭がいっぱいだったのです。見た目はダサくても、今は男としてとてもカッコいいじゃないかと尊敬しています。もちろん会う相手へのリスペクトの印としてビシッとスーツを着るというマナーもわかります。でも、今はまだ、他人のリスペクトよりも、自分たちのプロジェクトのことで頭のメモリーがいっぱいです(ぼくのメモリーは人よりだいぶ少ないので)。働くことで、少しでもまわりの人に貢献できたら、そちらのほうが社会にとっていいと思います。こぎれいなお洒落スーツを着ているよりもずっと。今は、作業着モードな時期。ダサいと思われようとも、いつも動きやすい服でいたいのです。

 

(約1700字)

Photo: Alan Connor


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。