【第059話】夢を押すための資格

「やってみなよ」

「YOU やっちゃいなよ」と言えますか?


必要な資格はひとつ

夢にチャレンジして生きたことがある
ということ

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「人の夢を応援する仕事」には、いろいろあります。教師やコーチ、アーティスト、作家、マネージャー、コンサルタント、親などがその代表です。とくに学校は、人の成長に寄り添う場所。本当に神聖で真剣な場所だと思うのです。いろんな教師がいてもいいですが、人の可能性をつぶすのだけは許されない。

生意気ですぐに反論するというだけで、内申点を出来る限りに悪く書かれたり、「お前なんか受験に落ちろ、失敗してしまえ」と面と向かって言われたり。そういう教師がいたりする。中学生のころ、実際にやられたことがあって、断じて許せなかった。卒業する時に、「最後に頼むから教えてください。なぜあんな最低なことをしたのか」殴りかからんばかりに問いつめると、目に涙を浮かべて白状したのは、「すべてをもっているお前がうらやましかった。可能性がまぶしすぎて、比べると自分が小さく見える。劣等感からそうしてしまったのだと思う。すまなかった」いい大人の先生が、15歳の生徒に嫉妬するのか。大人とは言ってもかくも弱いものなのかと愕然とした。

容姿にもコンプレックスを抱え、夢も諦め、唯一勉強だけをこなし、安定を求め、すがるように公務員である中学教師になった。いままで諦めてきたものが多すぎて、人の夢を応援することができないばかりか、足をひっぱり頭を押さえつけてしまう人だった。正直に謝ってくれたので許したが、この先生の半生を想像すると、つらかったろうなと同情した。自分がいろんな夢を諦めてきたのに、まさに「これから」で、可能性に満ち満ちた若者の相手をする。自らの失ったものたちを思い出さずにはいられない。これでは、先生本人にも生徒にもつらい。

人の夢を応援する仕事には、ひとつだけ必要な資格がある。「夢にチャレンジして生きたことがある」ということだ。安定とか他人の目とか、そんな実体のない恐怖に振り回され魂を失ってしまうことなく、自らの信じる道を貫いた。そういう経験がある人ならば背中を押せる。子どもたちが、若者たちが、後輩たちが。彼らが「夢がある」と言った時に、ちゃんと目を見てこう答えられる。

「やってみなさい、私がやったように」

もしぼくが夢から逃げていたら、後輩たちに言うことができない。「夢にチャレンジしてみなよ、いいもんだぜ」って。もしかしたら、叶わないことだってあるかもしれない。それでも、やってダメだったのなら、諦めがついてスッキリする。

「もしあのとき挑戦していれば叶っていたかもしれない」死ぬ前にこういう後悔だけはしたくない。後悔しながら死ぬのが一番の恐怖だ。ぼくは死ぬまでに理想の本をつくりたい。長い道のりになると思う。長く読み継がれるような本当に素晴らしい本を、一冊でいいから書きたい。これからあと何十年生きれるかわからないけど、精進し続けて納得いくまでやって、できなかったならしょうがない。「やるだけやった、悔いはないわい」と、じじいは安らかに眠ることが出来る。

今日はさっき遅くまで、打合せをしていました。この春、大企業を辞め世界一周に旅立つアラサー女性がいます。ひとり旅で2年間。その小林さんは、多くの人に反対されながらも、やりたいことにまっすぐ飛び込んでいきます。これからどんな2年になるかまったくわからないですが、自ら決めたチャレンジに後悔はしないことでしょう。

彼女もきっと帰国後は、「人の夢を応援する仕事」をしていくと思います。そのとき、彼女は答えられるんです。「夢があるんです」と語る後輩たちに向かって、ちゃんと目を見て言える。夢に飛び込んだ人だから、言えるのです。

「やってみなよ。私がやったように」

そう言える人しか、教師をやってはいけない。…というのは少し言い過ぎたかもしれません。多様性という意味で、百歩ゆずって、そうできない教師がいてもいい。ただし、少なくとも「やってみなさい」と背中を押せる教師のほうが自分の仕事を楽しめるのは確かだと思います。

 

 

(約1704字)

 Photo : PCNA

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。