【第055話】暗闇で進むべき方向を知るには

埋まった

屋根から落ちて埋まった

生き埋めになって
わかったのは
自分だけを信じるな
ということ

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雪に生き埋めになったことが一度だけあります。あれは人生観を変えた出来事でした。今でもたまに夢でうなされるくらい、本当に重くて、おそろしい雪でした。

学生の頃、スノボー旅行に行った。そのときも連日の大雪で、つぶれそうな古い民家の屋根の雪かきを手伝った。小さい頃、岩手と福島で育ったので雪の扱いには慣れていると油断もあったのだと思う。ツルッと滑って、だーっと雪と一緒に屋根から落ちた。下の厚い雪にずぼっと埋まり、上からも屋根の雪が落ちて、雪山の中に体全部が埋まってしまったのだ。落ちた直後は、「よかった、雪があって助かった」とほっとした。けど、次の瞬間、冷や汗が出た。出ようと思っても、体がホールドされていて動かない。目の前は真っ暗で何も見えない。息もだんだん苦しくなってくる。闇の中であわてて頭を力一杯振って、少し空洞をつくった。それでもすぐに酸素が薄くなって、苦しい。これじゃ、もう何分ももたない。追い込まれて死を覚悟すると冷静になるものだ。交通事故に遭う直前、動体視力が上がりスローで景色が流れ、間一髪でかわせた経験がある人は多い。あの使っていない脳みそが覚醒する感じがした。

「どっちが地上なんだ?」

「どっちが地上なんだ?」


雪に埋まって怖いのは、上下がわからなくなることでした。
左右だけでなく、上下さえもわからなくなるのには驚いた。多分の頭の上が上だと思う。でも、光は見えないので確証はない。記憶をたどると足から落ちた気がするが、空中で回転した感じもある。頭を振るがまわりは真っ暗で、光は見えない。どの方向にむかって進めば良いかわからない。覚醒した頭で、「これは一発勝負だ。間違いは許されない」と直感した。酸素的にももたないし、体力的にも一発勝負が限界だろう。精一杯力を入れても5センチ動くかどうかの重いホールド感。もし上の方向を間違えたら、終わりかもしれない。空気のある地上はどっちだ? ぼくの性能の悪い脳みその記憶だけに命をかけていいのか。でも、ほかにどうしたら…と考えると、「そうか重力だ」。ゆっくりヨダレを垂らしてみて、垂れていった方が下だと判断した。「ん、逆か?」重力が示したのは、最初に思い込んでた方向と逆だった。「本当に、そっちなのか?」重力を信じるか、自分を信じるか。一瞬迷ったけど、「ニュートンさんを信じよう」という結論。そっちへすべての力をだしきって体を動かした。「プハッー!」助かった。顔が出ればこっちのもの。あとは助けを呼んで、照れながら全身を救出されました。

宇宙を信じてよかった。パニックで混乱しているかもしれない自分よりも、宇宙の法則を信じたのです。この間、おそらく1,2分の出来事だと思うけど、それ以来、自分の思い込みや記憶だけに頼るのは危ないなと心を変えました。自分の考えは大事だけど、プラスもうひとつは情報を取り入れるようにしたいものです。特にテンションが上がっている時やピンチの時。そういういつもと違う状況の時ほど、まわりの情報をできるだけ多く入れて、それで判断する。ひとりよがりの妄信は危ないなと、命に関わる経験でわかったのです。事前に小さくテストして様子をみたり、まわりの人に聞いてみたり、自分の山勘を信じすぎない。ヨダレを垂らすのです。そっちが本当に「宇宙の法則」に沿った方向なのかを確認する。もちろん最後は自分で決断するんですが、情報として賛否両論いろいろ取り入れ、バランスを心がけるようになりました。雪に埋まってみてわかったことです。

 

(約1427字)

 Photo :Tucker Sherman(アイキャッチ、上) ,  Mara(下)


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。