【第016話】祈りというコンテンツ

そろそろ起きるよ

そろそろ起きるよ

 

【インド旅篇】

 くり返しの中にみる魅力とは

朝日が昇るのは5時半くらいから。
聖なるガンガー(ガンジス川)での沐浴が始まる。
身を清め、祈りを捧げているインド人たちは、さぞかし善良な生活をしている人なんだろう。清めた後は、仕上げとしておでこに朱色の点を打つ。毎日朝ご飯のときに、宿のオーナーに会うと、髪がぬれてて、朱色の点が打ってある。

「今日もガンガー、ダイブ?」と聞くと、
「もちろんだ、最高だよ」と満面の笑みで答える。

このオーナーは、悪そうな顔をしているけど、いまのところ僕らを騙してはいない。ただ、思い込みが激しく、強引なところがあるが。「バラナシに来たら、ここは観た方がいい、絶対に気に入る」と言って薦めるポイントが全部、王様関連なのだ。「王の家は最高だぞ、眺めが最高だ」と。たぶん彼自身がそういうきらびやかな生活に憧れてるんだろうな。宿経営を成功させて、豪華な王様暮らしがしたいのだ。日本で言ったら、セレブ暮らしとテレビで紹介されてるようなわかりやすい富の象徴に憧れるんだろう。ものは試し、「絶対に最高の眺めだ」と彼に薦められた王の家に一度行ってみたが、「別に」という感じ。ぼくは絵はがきにあるような、観光地的なきれいな景色には興味がない。オーナーとは好みが合わない。

「別に王様の暮らしには興味が湧かない。ぼくらは観光で来てるわけじゃないんだ」と言ってるのに
「じゃあ、明日の午前中にはこの王の家と、午後は5時間車のってあの王の家にいきなさい」とか勝手に次の日の予定を決めてきて、意味がわからない。王の家は、もういいから。ぼくはバラナシの庶民の日常に溶け込みたいのだ。親切なのか、営業なのか、よくわからないが、一応害はないので悪い人認定にはしない。

 

よし、起きたら沐浴だ

よし、起きたら沐浴だ

 

 

沐浴をするからといって、良い人間ではないというのもわかった。日本人をカモにしている詐欺師も沐浴をしていたからだ。朝一で身を清め、おでこに朱色の点を打ち気合いを入れる。「さあ今日も一日(詐欺を)働くか!」というわけだ。彼の場合は。聖なるガンガーで罪も消えると思ってるのかな。そもそも罪の意識もないのかもしれない。彼のお家芸は、旅人を睡眠薬で眠らせて荷物を全部持ち去るとか、極悪なやり方。見た目がスマートで口がうまいので、いけるときには結婚詐欺までやるらしい。タクシーでぼったぐるとか、そんな小銭を稼ぐ可愛いやり方じゃない。彼みたいな悪者まで、しっかり祈りを捧げている。
ガンガーを眺めながら、考える。何度もくり返したくなるものと、飽きてしまうものの違いは何だろう。マンネリズムの中に信仰があるというのがポイントか。

たとえば、テーマパークは、リピーターが飽きてしまうので、常に新しいアトラクションを増やしている。反対に、お伊勢参りをする人は、伊勢神宮の改築など求めていない。新しさは必要ないのだ。その中心に神がいるか。アメリカ生まれのテーマパークには、夢はあるが神がいない。ただの娯楽だ。

落語も歌舞伎も、聞いたことがある同じ話を観客は何度も聞きにくる。対して、お笑い芸人のライブは、新ネタを常に繰り出さないと飽きられてしまう。この違いはなんだ。お客さんの年齢層の違いによるものだけではないだろう。

1つのネタを深めてそれをくり返す落語スタイルと、新ネタを常に生産するお笑いスタイルと。自分はどっちの表現手段が向いているのかなと一度は考えてみるといい。ただの情報、ニュースだとすると、新しいものを量産し続けないとならぬ。

古くから続くお祭はマンネリなのがいい。毎年同じ日に、同じ神輿をかつぎ、同じルートで、同じことをする。このごろは、ラジオ体操をぞろぞろと集まってやる人が増えてるようだ。朝の代々木公園でも、時間になるとどこからともなく人が集まってきて、音楽に合わせて体操をする。そして終わるとぞろぞろと散っていく。全員が顔見知りというわけでもなさそうだ。

毎日、同じことをみんなでやる。この魅力、惹きつけるものとは何か。なぞを解明できたら、クリエイティブに活かせそうである。

『TARZAN』というトレーニング雑誌があるけど、あれもマンネリだ。健康について、筋トレについてなど、そんなにいつも新しい情報などない。せいぜい1年間12号をとれば、あとは同じ特集を毎年回しているだけだ。それなのに、何年も定期購読している人が多くいる。あれはなんでだ、と思うのだけど、気合いを入れるためなんですね。モチベーション維持のために読んでいる。たるんできた頃に、「ああ、ちゃんとやらないとな」と月に一度思い出させてくれるペースメーカーの役割。コーチと言っても良いのかな、そんな存在なんですね。

マンネリといえば、あの「家に帰るまでが遠足です」という閉めの言葉もそうだなぁ。また言ってるよ、と思いながらも、「ああ、このイベントも終わったなぁ」と実感する。

何度も登りたくなる山のような、祈りたくなる神社のような、そんなクリエイティブをつくりたい。信仰とは何か。そこに答えがありそうだ。(約2015文字)

 

宿の部屋から朝起きてパチリと。ガンジス川から昇る朝日を毎日眺めていた

宿の部屋から朝起きてパチリと。ガンジス川から昇る朝日を毎日眺めていた


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。