【第252話】勇者の肩書きを持たないぼくらへ / 深井次郎エッセイ

 

持たざる者の生きる道

 

経歴詐称をしてしまった経営コンサルタントが話題にのぼりました。それをうけて先週は、どの分野にも「持てる者」と「持たざる者」がいるという話をしました。「持たざる者」が「持てる者」と肩を並べるにはウソをつくしかないのでしょうか。

ぼくが関わってきた出版メディア業界や学校の先生という分野は、経歴が大きくものをいう世界です。「何を教えるか」よりも「誰が教えるか」のほうが重要視される場面も見てきました。でも、「持たざる者」には「持たざる者なりのやりかた」があるはず。今日はそれをいっしょに考えていきましょう。

本音を言うと、泊のある肩書きがほしいと思ったことが一度だけあります。「ハーバード卒」とか、「最年少で上場」とか、すごそうな肩書きです。それは、初めての本を出版するときです。出版オファーを受けた当時ぼくは25歳のサラリーマンで、たいした経歴がありませんでした。世のほとんどの25歳がそうだと思います。

本は、働く男女向けに書きたかったのですが、経歴に泊がないと年上男性ビジネスマンには耳を傾けてもらいにくい。 傾向として、(あくまで傾向です)男性は、肩書きで自分より上か下かを判断し、下の人の言うことには聞く耳を持ちにくいという調査がありました。どんなに良い内容を書いても、そもそも手に取ってもらえないのでは伝わりません。男性は猿山のように縦社会、権力社会の重力がはたらいている人が多いでしかたないのでしょうか。子どもからも、動物からも学ぶことがあるように、本当はすべての小さき者からも学ぶ姿勢を持てるのが賢人なのですが、なかなか全員がそうではない。

たいした経歴のない年下男の「生きかた哲学」など読もうと思ってもらえなくても無理はありません。「見向きもしない人に、なんとか振り向いてもらいたい」そんな野心がはじけたとき、人は経歴を盛ってしまうのかもしれません。気持ちはすごくわかります。

結局、1冊目は20代女性向けに絞ることにしました。それは、女性のほうが肩書きではなく、内容自体の魅力で買ってくれる人が多い傾向があるからです。しつこいですが、これもあくまで傾向として、です。

でも、「そのままの小さな、ささやかな自分でもやっていける道はどこかに必ずある」と信じていました。ありのままでもいい。そういう確信みたいなものって、幼少のころたくさんの愛をそそがれた経験とか、自然体でも受け入れてくれる友人に恵まれていたとか、そういう経験は大きいですね。見えないですが土台としてある。

輝ける勇者のような肩書きがなくても生きていくために、心がけたことは3つあります。

 

1.  自分を大切にしてくれる人に目を向ける

 

具体的には、学歴経歴を気にする層向けの仕事は避けました。傾向として(これもあくまで傾向としてですよ)、官僚や大企業出世志向のおカタい男性は相手の学歴を気にするケースがあります。なので、ぼくはそこの層に聞く耳をもってもらうことを捨てました。

人生最大の無駄のひとつは、自分を嫌いだと言ってる人をわざわざ振り向かせようとすることです。教壇に立つと、寝ている人や、席を立って出て行く人がいると、とても目につきます。そして気になります。自分の話はつまらないのだろうかと、少なからず動揺する。そこで「彼らにどう興味を持ってもらえるか」、なんて考えだしたら失敗です。全員に好かれることなどありえない。熱心に聞いてくれている人がいるのだから、そちらにこそ目を向け、手厚くサポートすべきなのです。

泊のある経歴がないからといって、聞く耳をもってくれない人は無視です。それでも、聞く耳を持ってくれる人は、会場に1人はいます。目を見ればわかる。ぼくの場合、 具体的には、フリーランス、独立志向、競争ではなく共生、好きなことにしがみついてでも続けていきたい人、スピードよりマイペース志向の方を相手に語りかけました。権威よりは共感を大事にする人、そういう読者なら何もない25歳男子の語る哲学にも聞く耳をもってくれると思ったのです。

そういうわけで、女性向けに、生き方エッセイ本を書きはじめたのがスタートです。

「なぜ女性向けに? 女性になにか思い入れがあるんですか」

と当時聞かれて、

「世の中を変えていくのはいつの時代も女性だからです」

なんてカッコつけて答えてました。でも本当は「女性しか聞く耳もってもらえなそうだったから」というのが現実です。

いざ発売されてみると、紀伊国屋のパブラインという売れ行きデータでみると、年上男性も予想以上に買ってくれていた。キラキラの肩書きがなくても、聞く耳を持ってくれる人はいくらでもいました。むしろ「キラキラの経歴の著者は苦手だ」という読者さえもいます。「天才の自慢話を聞いても、すごすぎて凡人の自分には参考にならない」というのです。雲の上みたいな人よりも、自分に近い人の体験談のほうが現実的で参考になる。むしろ、「自分よりもダメ人間の成功談は、自分にもできるかもと勇気をもらえる」というのです。勇気を持ってそのままの自分をさらけ出せば、それを良いと言ってくれる読者は少なからずいるのです。

 

2.  メインストリートを避ける

 

先週も触れましたが、みんなが目指す人気の道、混雑するメインストリートを避けることは大事です。そっち方面は、「みんなが行くからいく」という動機なので、みんなと同じ、似たような人が集まります。しかもたくさん。なので、足切りもあるでしょうし、同類だからこそ、小さな差がクローズアップされ学歴などささいなことを、無駄に大きく感じてしまったりします。

これが、いろんな人種、いろんな年齢、いろんな言語、いろんな宗教、多様な価値観が集まる場では、「どこ大出身? 」なんて話題に登る機会もありません。どうせ聞いてもわからないからです。「なにをしている人なの、なにができるの、なにが好きなの? 作品みせて」という会話になります。 ぼくのいる出版界、その「著者」という世界は、前科者もいるし、大病院の院長もいれば、ニートもいれば、パイロットもいます。多様な人がそれぞれ、すごい本を書いている。奇人変人のオンパレードです。

著者にとっては、人と変わっていること、すべてが強みです。弱みさえ強みになるから、ぼくはいちばん魅力的な仕事だと思っています。 もちろん著者もビジネス書、経済書、だけでみれば、経営者やコンサルタントによる「キラキラ肩書き合戦」の様相を呈していますが、それ以外、小説、エッセイ、精神世界、エンタメなどほかのジャンルにいけば、著者は魑魅魍魎、もとい、十人十色です。

 

3.  至近距離まで間合いをつめる

 

キラキラな肩書きがある人は、たとえるなら飛び道具をもっている。鉄砲隊は、足軽隊が素手で向かってきても、遠くから涼しい顔で倒せます。離れているときに力を発揮する。鉄砲隊と素手、これが至近距離に近づいてしまったら、どうなるか。とたんに勝負はわからなくなります。特に、森の中や、岩場など見晴らし悪い場所では、すばしっこさ、腕っぷしの強さで決着します。組み合ってしまえば素手が勝つ可能性もでてきます。

ポイントは、自分に合った距離のとりかたです。持たざる者なら、できるだけ距離をつめること。 最初に「これぞ」という自分の得意分野を一点決めます。その一点で社会とつながっていくのです。ぼくだったら、たとえば「好きなことで食べていくにはどうするか研究実践すること」に決めました。研究したことを教えて人とつながっていくのです。最初から書籍出版は難しいので、まずはウェブを立ち上げました。そこでコツコツ、定期的に書き綴っていったのです。

接触頻度と感動のかけ算が、信用になります。信用を積み重ねていくことで、読者ひとりひとりとの距離が縮まっていきます。出し惜しみすることなく、実際に役に立つサポートをしていきました。実際にイベントをやって、顔を見て、握手をして時間をかけて距離を縮めていくのです。

持たざる者の不利が露骨に出るのは、飛び道具が飛び交う戦場です。そして短期決戦の場。 たとえば、婚活パーティーを経験したある男性から聞きましたが、何度も行ってるのにチャンスがないそうです。条件でしか見られない、遠目で大勢と比べられる場は、持たざる者にとっては不利。職歴、年収、年齢、見た目、バツありなし。すべての条件で自信が持てない彼は「存在がないも同じだった」と言います。 5分話しただけでは中身がよくわからない以上、条件や見た目で判断されるのは無理もありません。それしか判断材料がないのですから。遠隔戦はキラキラ肩書きが有利です。

それよりは、接近戦でいく。その後、彼は遠目で比較されない場から入ったのです。まず自分の得意で関係をつくる。山の写真が得意な彼は、こういう出会いなら可能性が上がってくるはずです。そもそも下心で行ってたわけではありませんが、趣味の登山クラブで出会いがありました。最初はおたがい何とも思っていませんでしたが、何度も一緒になり自然と仲良くなり、山小屋で山の話に花を咲かせながら、掘りごたつに入って、鍋をつつく。彼がおならしちゃって、「なんだおならすんなよー!」(笑)というリラックスした関係。いろいろ話して、気が合う人だなー、尊敬できるなーと信頼関係を築いたら、あとは条件とか関係ありますか? ほとんど関係なくなりませんか。

だから学歴に自信がない人こそ、人気企業に横並びで正面玄関から入って就活してたら不利なんです。正面玄関から入ったら、ガードマンに身分証明書をみせないとなりません。受付のお姉さんに、どちらさまですかと止められれば、大学名を名乗らないとなりません。

でも接近戦、だれかの強力な紹介があれば、人事部長とも社長とだって一対一で会えます。それとか、最初アルバイトで入って、そこで距離を縮めて信用を積み重ねて、知らぬ間に社員になってた、みたいなルートもある。正面玄関ではなく、裏口というと聞こえは悪いけど、そうしないと不利なゲームでは弱者はチャンスをつかめません。

そもそもなんですけど、よほどこだわりがない限り、不利なゲームに参加するのは時間がもったいないとぼくは思っています。命をもっと有効に使いたい。無理しないでも、のびのびと自分らしくいられて、みんなにも喜ばれる道が他にいくらでもあるのではと思うからです。

出版もひと昔前は、強者のゲームでした。資金力があり、宣伝力があり、人材が豊富で、実績のある、大きな出版社が強かった。いまは、読者に近づき共感をつくり地道に時間をかけて読者のコミュニティーをつくれている出版社に分があると思います。

人はだれに相談するかと言えば、その道の専門家に、と思います。でもちがうんです。信用している近い人に相談する。たとえば、なにかビジネスで、揉めごとが起きたら弁護士に相談すれば良いですよね。でも実際は、まず近しい友人に「こんなことがあってさー」と相談することが多い。その友人は別に法律の専門家でもない、ただのデザイナーなのに。意外かもしれませんが、人は大事なことをその道の権威ではなく、近しい人に聞いて決めているのです。遠くの権威よりも、近くの友人なんですね。

近づいて時間をかけて関係を育てる。それを忘れなければ、誰しも「なくてはならない人」になれる。持たざる者が、生きていく道は「間合いをつめる」ことです。見た目ではなく、中身が伝わる距離まで寄る。見た目は一瞬で人の心をつかみますが、中身は時間をかけないと伝わりません。じわじわと続けることです。

文章は持たざる者が自分の中身を伝えるために、いちばん有効な手段だと思います。映像やトークライブだと、見た目や声、話し方が8割以上を占めてしまったりします。内容の良し悪しよりも雰囲気で判断されてしまう。文章は、読んでもらいさえすれば、一対一で話せるチャンスです。何度も対話して距離を縮めて、信用をつくれば経歴なんて何にもなくてもいいんです。

ネットのある現代は、距離を縮めやすくなりました。派手な表面よりも、本質を重要視する人が増えています。持たざる者たちにやさしい時代と言えるでしょう。ゲームが変われば、持たざる者が持つ者に変わることはいくらでもある。そうやって自分を活かせる場所をつくっていきましょう。

 

 

 

(4988字)
PHOTO: Alvaro Tapia


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。