【第249話】靴ひもの役割 / 深井次郎エッセイ


大人の靴が履けるようになるには

 

「穴があいてきた、そろそろ捨てなきゃな」
ほぼ毎日履いていて4年ほどになる、ぼくのスニーカー。ずいぶん足になじんで、履いてることを忘れるくらいにフィットしています。

居酒屋で酔っぱらって他人のスニーカーをはいてしまったときも、1秒たたずに気づきました。「あれ?  」アルコールで意識がもうろうとしていても、やはり気づくものですね。敏感な人になると、特徴のないあの透明傘でさえ気づきますね。「ん、これ自分のじゃないかも」まったく同じゼブラのボールペンでも気づきます。あれはなんでしょうね。外見は全部同じなんですけど、まとってる空気みたいなのが違うというか。どんなに似てても慣れた自分のと違うというのは、心がざわざわ波たちます。

 

どこにも自分に合う靴がない

 

その居酒屋の座敷でぼくらは話していました。何度も転職をくり返し、1年以上仕事が続かないと悩む若者の相談にのっていたのです。大企業にも勤めたし、ベンチャーにも勤めたし、3つほど会社を経験した後、彼は言いました。「いろいろ見ましたが、ぼくに合う会社はどこにもない… 」2年間に3つも環境が変われば疲れる気持ちもわかります。ついに彼は歩くのをやめてしまいました。

会社を辞めるのは悪いことではありません。合わないとわかっている環境で無駄に時間を費やすのももったいない。でも、もし彼が微調整をしていないとしたら、もっともったいないと話しました。新しい環境なんだから、違和感があるには決まっています。最初からピッタリくる場所はありません。

靴だって、そうです。ただその辺にあるものを適当に手に取って足を入れただけではピッタリくることはありません。同じ26センチだって、メーカーによってでも、その型番によっても微妙に違う。甲が高い人とか、幅が広い人とかさまざまです。オーダーメイドでつくる以外に、履いた瞬間ピッタリくるものなどない。既製品である限り、若干のずれは必ずある。それを靴ひもで縛り、微調整していくのです。調整するために靴ひもがある。

初めて働く人は、自分の足のサイズすらわかっていないお客さんのようなものです。靴屋さんに行ってもなんとなく「靴が欲しいのですが… 」「どんなものをお探しですか?」「うーん、とりあえずメンズ用の… 」くらいしか答えらず、店員は「はあ」と困ってしまう。サイズは? 用途は? 好みのデザインは? なにが自分にフィットするのか経験が少なすぎて、自分が未知数過ぎて、わからない。

自分のサイズなりがわからなければ、合う靴を見つけるのは至難の業。何足も足を入れてみないとわからないのも無理はありません。しかも、靴ひもをしばることを知らない子どもはきっと「靴って歩きにくいし邪魔だな。裸足のほうがいいや」と思ってしまいます。(裸足は気持ちいいです。でも寒い日や砂利道はきつい… )

 

ブカブカな靴を脱いでしまいたくなったら

 

選択とは降りること」と前に書きました。人生の岐路とはY字路ではなく、高速道路の出口のようになっている。慣性にしたがってそのまま進むのか、意志の力でその軌道を外れるのか。勇気が必要なのは、軌道を外れる選択がほとんどです。

たとえば中学校のあと多くの人が高校にすすみますが、そういうレールにのらず海外に出て靴職人の修行をするとか。軌道を外れるのは、より想像のつきにくいほうに進むということだから、当然こわいです。一度は「できる」と信じたつもりでも、夜になると「できないかも」という闇が襲ってくる。その闇を必死で追い払う。翌朝、「やってやる」と自らを奮い立たせる。そのくり返しで少しずつ前に進みます。

大勢と違う道を選ぶ人をみて、この人は生まれつき神経が図太いんだと思いがちですが そんな人ばかりでもありません。見えないところで、ほとんどの人が必死に臆病を振り払っているのです。ちょっと気を緩めたら、臆病に足をつかまれてしまう。ひとつうまくいかないことがあると、「ああやっぱりダメなのか… 」元の慣れた道に引き返そうとしてしまう。

しかし、そこで微調整です。靴ひもをしばり直す。調整せずに、「フィットしない。これもブカブカだ。店員さん、ほかの靴あります? 」ではないのです。「いやいやお客さん、靴ひも結んで調整してみてくださいよ」ということです。

カフェをやろうと決断した人が、「これじゃない!」と車屋になるのではありません。ラカフェのままで微調整をまず試す。コーヒーの豆を変えてみる。店の看板のデザインを変えてみる。接客を元気にしてみる。店内をきれいに掃除する。考えうる微調整を全部やって、いい塩梅をじりじりとしぶとく探っていくのです。あの人って軸がないよね、コロコロ変わるよね、とまわりを混乱させがちなリーダーは、この微調整を覚えればいい。

挑戦すればすぐ結果がでる。と、つい考えてしまいがちですが、そんなことはほとんどありません。すべての決断の後には、微調整が必要です。カフェがだめで、車屋がだめで、本屋がだめで、花屋がだめで、と業種をコロコロ変える人は、靴ひもをむすんでいない可能性が高い。

 

脱げそうになっても結び直す

 

靴ひもさえ縛れば、子どもだって大人の靴をはいて歩けます。サイズが合わないからといって、驚いて脱いでしまわないことです。ブカブカなりになんとかズリズリすりながらも進める。 ぼくもずいぶん背伸びして、大人に憧れて、ブカブカの靴を履いてきました。若くして独立して社長の名刺持ってヒゲ生やかして。本を書こうと決めたときも、学校をつくったり教壇に立ちはじめた時も、身の丈に合わないブカブカな靴だったと思います。本人としてもフィット感は良くなかったし、はたから見ても無理してる感があって、冷静な大人は「おやおや」と笑っていたかもしれません。こちらもブカブカすぎて速く走れないし、疲れるし脱ぎたい。ちがう靴を、とよぎったこともありますが、紐を何度も閉め直して、脱げないように、脱げないように。

10年経ってみると、足も少しは成長したかもしれません。靴に違和感がなくなってきました。自然になじむようになりました。そうしたら、次はもうひと回り大きな靴を履こうと思います。

自分にとって大きなチャレンジに挑むときはいつも、子どもが大人の靴をはくような感じがします。あたかも憧れの大人になったようなワクワクと、同時に足の重さ、歩きにくさがある。

「ブカブカで脱げちゃう」と諦めずに、いっしょうけんめい紐を縛る。合わないのは当然です。微調整、微調整でやっていきましょう。思うよりも早く、子どもの足は大きくなります。

 

 

(2500字)
PHOTO: Krysthopher Woods


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。