【第248話】言われる人になる本 / 深井次郎エッセイ

言われる人になる本

 

よくみると変なタイトルがある

 

本のタイトルはいろいろ、眺めてるだけで飽きません。なんだか変なのもあって、その中のひとつが『「できる!」と言われる人になる本』というようなタイトル。パッと見はよくあるビジネス書に見えるのですが、これがじわじわ考えさせられるのです。

『できる人になる本』
『「できる!」と言われる人になる本』

あなただったら、この2冊でどちらを選びますか? この2択は小さそうで大きな違いです。何が違うかというと、志の高さ。 前者だったら純粋な向上心ですが、後者は、他人にどう見られるかがゴールなんです。極論すると、「できる人っぽく見えれば、実際はできる人でなくてもいいや」。「とりあえずパッと見で優秀そうに見えればオーケー」とまでは言いませんが、そんな姑息な魂胆がみえるのです。

『うまく伝わるプレゼンのコツ』
『「うまい!」と言われるプレゼンのコツ』

やっぱり全然ちがう。でも、後者の「言われる人になる」系のタイトルは昔からビジネス書で次々に出ていて、ある程度売れています。「自分の能力を向上させたい」ではなく「上司から評価されたい」というニーズなのでしょう。大人になればなるほど、そして大きな組織にいると身にしみますが、能力と評価というは必ずしもイコールにはなりませんから。

『やさしい人になる本』
『「やさしい!」と言われる人になる本』

後者はちょっといやな感じですね。腹黒い戦略的な人にみえてしまいます。

 

政治的な人に感じる気持ちわるさ

 

できるようになりたい、うまくなりたい、やさしくなりたい。これらは純粋な向上心です。昨日できなかったことが今日できるようになる。これは赤ちゃんの頃から変わらない、人間の一番の喜びではないでしょうか。だから人は学ぶし、練習する。とてもまっすぐな動機です。

それに対して、自分がどう評価されるかばかりを意識して、実際以上によく見せようとする態度はどうでしょう。後者のタイトルには、それが感じられます。中身ではなく、外見ばかり。

「うちの会社は社内政治ばかりで」と言うとき、人はたいてい、やれやれとため息をつきます。みんな社内政治はうんざりなのです。「あの人は政治的な人間だ」というと、たいていネガティブなニュアンスを含んでいます。社内政治とは、「会社への貢献以外の要素で、自分の地位向上を計ろうとする行動」を指します。「会社への貢献」を目指して働いているのか、「自分の地位向上」を目指して働いているのか。この違いが、その人の行動にでてきます。

社長がするにしろ人事部長がするにしろ、人間が評価する以上、完全に公正な評価なんてありえない。ですが、会社はチームですから評価されるべき本質は、「会社への貢献度」です。こちらを優先しないと行けない。貢献度は低いのに、外面の良さ、上司へのプレゼンのうまさだけで良い待遇を受けている人は、「あの人は政治がうまいから」と嫉妬もこめて煙たがられます。

 

上げ底はリスクだらけ

 

「上げ底のしかた」を教える本は、手にとっても良いけど早めに卒業したほうがいい。努力なくして大きな効果が出るものは、なんであれ中毒性があってあぶないです。

近くに新しくできたスーパーは、肉のパックが上げ底なのです。悲しい気分になりましたが、見た目の大盛り具合い、その迫力に釣られて思わず手に取ってしまったのも事実です。短期的売上げには効果あるのでしょう。でも、長期的にはどうか。そうやっていろいろ上げ底する精神性のスーパーだからね、あそこは。ちょっと信用ならんよね、気をつけてつきあおう、と思ってしまいます。お客さんは、上げ底のことを忘れません。誠実さがいちばん大事な時代に、会社としてはけっこうリスクです。

上げ底なんて、特に若いうちは手を染めないほうがいい。本質からズレて、努力せずに利を得ようとする悪い癖がつきます。また、もっともマイナスなのは「他人によく見られるために、自分の人生を送ってしまうこと」にあります。いつも他人がベースなので、自分が本当に何がやりたいのかがわからなくなってしまう。これは外からは見えませんが確実に内部がむしばまれる、大きな損失です。「できる!と言われる人」になるんじゃなくて、シンプルに「できる人」を目指せばいいんです。

 

先生なぜ受験勉強するんですかの答え

 

電車の広告にこんなコピーがありました。ある進学塾の広告です。

「今ドキ学歴は一生SNSに残るものだから」

だから塾で勉強しましょうね、ということです。これも穏やかではないコピーですね。もちろん学歴は職業によっては有効に働くこともあるから、がんばっておくのは否定しません。仕事に学歴は関係ないよ、という話ではぜんぜんない。ただ、そういう他人の目にどう映るかを判断軸にしてずっと生きていくのは、けっこうしんどい人生になるぞ、ということです。

進学塾も進学塾で、なぜ勉強するのかの答えが、「SNSで自慢できるよ」ということですから、先生たち、ちょっと軽すぎかもしれませんね。たしかに「良い大学行ったほうが将来モテるよ」とか言ったほうが単純な男子は頑張るのかな。

本のタイトルでいえば、このどちらを選ぶか。

『賢い人になる本』
『賢そう!と言われる人になる本』

もっと賢くなりたい、知らなかったものを知りたい、その知識を組み合わせて今までにないものを生み出す力をつけたい、社会の役に立てる力をつけたい。だから勉強するんだ、という動機の前者と、後者では10年20年30年の長い目で見たら、成長の伸びはぜんぜん違うでしょう。

 

それは誰のための人生

 

他人に自慢するためにさまざまなメダルを手に入れても、心の深いところは満たされません。気持ち良くなっても一瞬です。上には上がいるから、上と比較して自分の小ささに落ち込みます。他人はそんなにあなたのことなんて見てませんし、人々の価値観は10年もすれば変わる。昔は、スーツで高級外車に乗って高層ホテルでシャンパンがカッコいいみたいな時代がありましたけど、若者からしたらダッセーと言われてしまう。

自転車のって、野菜育てて、蚤の市いって、古民家をDIYでリノベしてシェアして住んで、河原でギターひきながらキャンプとかいいねー。まだ学歴とか言ってるのダッセー、小商いしてる俺らには関係ないね。スポーツしてる? いくら高いコート着てても中身の肉体が錆びてちゃしょうがないよ、と言われてしまうかもしれません。

そしてそんなのもまたぐるぐる流れていきます。その10年後は、また「高級ブランドがー」とか言ってるかもしれない(たぶんそれはないとおもうけど、未来はわからない)。だから他人の目、流行りなんて気にしてたら本質とズレていきます。「SNSでネタにできる旅スポット特集」なんてものが女性誌にありましたが、もう本末転倒過ぎて、それって誰の人生なんだろうとやるせない気持ちになります。

行きたいところに行きましょう。自慢できるものじゃなくて、あなたの体が欲するものを食べましょう。それぞれ自分の人生を生きましょう。「できる人」になんて見られなくていい。

今までできなかったものができるようになる。それって誰に評価されなくても、他人から見たらたいした成果でなくても、自分の中でふつふつとした喜びにあふれます。そういう日々を重ねていけたら、なかなか幸せかもしれません。

 

(2892字)
PHOTO: Muxxi.


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。