【第243話】あたりまえのことばかり / 深井次郎エッセイ


人生は思い通りにいかない
だからこそ価値があるのだ

 

新年を迎えると、これから1年の目標に思いを馳せます。あれもやりたい、これもやりたい。去年1年をふりかえっても、できたこともあるけれど、それ以上に持ち越してしまったことも多くありました。達成できなかった自分を責めてしまいそうにもなりますが、「目標に向かって精一杯やれることをやった」そう胸を張れるのなら、自分を認めてあげてよいのではないでしょうか。

これは敗者の言い訳ではありません。とかく「思考は現実化する」とか、「引き寄せの法則」とか自己啓発、成功哲学本を読むと、「思ったことはすべて叶うのが当たり前」と思えてきます。みんなは叶えているのに、自分だけ叶えられていない気持ちになります。強く望んでいるのにすべてを叶えられない自分は、宇宙に見放されているのではと落ち込んできます。

でも本当は、すべての望みを現実化できる人はいません。それは、そもそも人生の本質が、「思い通りにならない経験を通して学び、それを楽しむこと」だからです。ごくたまに、ヒマラヤ聖者のように奇跡でなんでも実現できる人がいますが、彼らはレベルが違います。もう人間レベルは卒業しています。人間の望みが叶わないのは、実は順調、そうできているから当たり前なのです。

「人生はゲームです」と言ったのは、仏陀の智慧を忠実に現代に広めているスマナサーラ長老です。人生がゲームなら、やりがいのあるゲームとは、どんなものでしょう。もし思ったことが一瞬で叶う世界だったら。天国があるとしたら、そういう世界です。欲しいものは願えば目の前に現れるし、相手の気持ちはテレパシーで筒抜けだし、どこにでも瞬間移動できます。おなかも減らないので、ごはんを食べなければいけないという縛りもない。お金も稼ぐ必要ないし、好きなことだけやって暮らせます。

そんな天国から、わざわざぼくもあなたもみんな自分の意志で下界に降りてきました。体があるから、当然、苦もつきものなのですが。ぼくらは望んで、制約のある下界のゲームに参加したのです。体を維持するために、呼吸をして、ご飯を食べないといけない。寒かったら、服を手に入れないといけない。共同生活するために、相手の気持ちを推しはかり、言葉を選んで伝えないといけない。とてもめんどうです。望んだだけで何でも手に入る天国とは、文字通り天地ほど差があります。

でも、そういう負荷があるからこそ、魂が鍛えられ、レベルを上げることができるのです。簡単に扱える負荷では、まったくトレーニングになりませんね。ゲームでも、簡単に解けるパズルはまったく面白くないし、頭の体操にもなりません。謎解きゲームでも、犯人が丸わかりで、犯行トリックもなにもなければ「はい、あなた逮捕」、2秒で終わりです。

ゲームを楽しみながら学び成長するために、ぼくらは生まれてきたのです。「なんで思った通りにいかないんだ、くそー」と頭をひねって、体を動かして、なんとか工夫して乗り越える。そこで「やったー」と喜びと成長を得られます。

ゲームでは、最初は雑魚キャラを倒していかないとレベルアップしません。いきなりボスのところにはたどり着けません。もし、雑魚をすっ飛ばしてボスの足下に立ったとしても、ボスはやはり倒せない。またもと来た道をもどるはめになり、雑魚を相手して力をつけないといけない。めんどうでも課題を飛ばすことはできないのです。

人生ゲームの難易度は人それぞれ違います。自分で負荷を設定して生まれてきてるので、才能がある人は、それに合わせてゲームの難易度も高いです。なので、才能がある人も、その人のレベルなりにいま苦悩を経験しています。まわりと比べて「自分だけあまりに負荷が高すぎるだろ」という人は、それだけ大きな潜在能力があるということでもあります。

「思い通りにならないのが人生だからね」と言うとき、「深井さんはなんとネガティブな、あきらめの早い人だ」ととられることもあります。でも、ここまで読んでくれた方ならあきらめとは違うことがわかりますよね。「負荷があるのがトレーニングだ」と言ってるのです。ポジとかネガではなく、あたりまえの話です。

すべて思い通りになったら、最初はなんて素晴らしい! と感動しますが、なにか違うと思うようになります。この間、離婚したばかりという女性が興味深い話をしていました。夫は、すごく尽くしてくれる、いい人だったと言います。いい人なのに、なぜ、別れてしまったのでしょう。

「私がやることが何もなかったから」

そう彼女は言いました。夫は、常に先回りをして気を利かせてくれたそうです。

「かばん重そうだね、持つよ」 から始まり
「これかわいいねー」店内で振り向くと、それを持って夫はもうレジ前に。
「仕事つらいなー」とカフェで愚痴ると、
「辞めちゃいなよ。ぼくが食べさせてあげるって前から言ってるじゃないか」
「どこか海外にでもいきたいな」
「ぜんぶ手配しておいたから。キミはついてくればいいよ」

なにからなにまで、この調子だったのだそうです。 お金にも余裕があるし、まわりの友人からみたら、最高の旦那さんとうらやましがられていたのに。彼女にすれば、

「これかわいいねー。でも高いねー」
「また今度にしようか」
「そうだね、あー、でも欲しいなー。仕事がんばるかー」
「いっしょにがんばろう」

そんなやりとりがしたかった、と。みんな彼女のことを贅沢な悩みと笑いますが、この立場になったらなったで、だれでも魂が叫ぶと思います。

「これじゃトレーニングにならないじゃないか!」

人間は、思い通りにならないものを、なんとか自分の努力と工夫で成し遂げたときに喜びを感じるようにできています。だから他人のモノや、もとから備わっている先天的な才能だけでクリアしたものでは、「心の底からの喜び」を得ることができません。生まれたときから足があって歩ける人は、歩ける喜びを感じませんし、その歩くという能力を最大限に活かそうとも思いません。

自由ではないこの世界で、なんとか自由を獲得しようとする。後天的に全力で努力し獲得した能力のみ、その人の喜びとなるのです。ゲームを始めて、あなたのレベルがいきなりMAXで天下無双という世界では、1時間と興味がもたないでしょう。

元旦から縁起でもないかもしれませんが、目標を立てても叶わないかもしれません。でもそれに向かって努力する中で得るものが必ずあります。ポイントは、全力で自分を追い込むこと。追い込めれば、勝負に負けても、成長しますし、よくがんばったなという爽快感はあります。他人と比べるのではなく、自分の能力なりに、限界まで出し切れたかどうか。

人生を楽しむ達人たちが口をそろえて言うのが、「リスクをとれ」ということ。これはつまり、「負荷を上げましょう」ということです。今年も、あなたにとって良いトレーニングができますように。

 

(2708字)
PHOTO: Dhanan Sekhar Edathara


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。